動物園水族館雑誌文献

第47回水族館技術者研究会

発行年・号 2003-44-04
文献名 第47回水族館技術者研究会
所属
執筆者
ページ 109〜115
本文 第47回水族館技術者研究会

Ⅰ.開催日時:平成14年10月28日(月),29日(火)
Ⅱ.開催場所:島根県立しまね海洋館・浜田ワシントンホテルプラザ
Ⅲ.参加者:秋篠宮総裁殿下,同妃殿下,54園館102名,会長,会友2名,研究会事務局2名
Ⅳ.研究発表:研究発表19題,話題提供2題,発表者,要旨は下載.
Ⅴ.宿題調査研究報告:水族館で飼育生物に使用される配合飼料について(下関市立しものせき水族館)
Ⅵ.情報提供:JAZAネットワークの利用について(ネットワーク委員会)
Ⅶ.懇談事項:
1)次期宿題調査について:テーマ「板鰓類の飼育について」担当:アクアワールド茨城県大洗水族
2)研究会事務局からの連絡
3)次期開催地について
平成15年度マリンピア松島水族館
平成16年度伊豆三津シーパラダイス
Ⅷ.施設見学:島根県立しまね海洋館

第47回水族館技術者研究会発表演題および要旨
○ 印は演者
〔口頭による発表〕
1.シロワニの口腔内潰瘍の保定治療:森  徹1),○折居 巧1),杉山伸樹2)(1)海の中道海洋生態科学館,2)海の中道動物病院)
シロワニCarcharias taurusはネズミザメ目ミズワニ科に属する鋭い歯を持つ大型のサメである.海の中道海洋生態科学館では1995年と1996年に輸送し現在も展示を継続しているが,治療を目的とした保定の報告はない.1995年に搬入した雌個体(TL2.5m,BW135kg)の口腔内に潰瘍があるのを1996年から確認していたが,この潰瘍は次第に大きくなり,噛み合せの度にうっ血が見られたので,2001年2月25日にこの潰瘍を除去することを目的に,展示水槽内(水量1400㎥)での捕獲,移動,保定治療を行った.本報告ではこの一連の経過を報告する.
作業は,ダイバーにより水中でドミトール(鎮静剤)15㎖を右体側に筋肉注射し,30分後に遊泳停止状態となった個体を塩ビ製ネットで作った担架で捕獲,その後,展示水槽外部の治療用コンテナ型水槽に移動した.コンテナ型水槽内にはマットを敷き,鰓が浸漬する深さまで海水を入れた,顎の保定は上顎をバスタオルで巻いて引き上げ,下顎はコンテナ内に取り付けたベルト付き保定板で固定した.潰瘍は右顎関節付近に幅5cm長さ5cmの大きさがあり,外科治療用メスにて除去した.また切除後は患部を焼きごてにて止血処置した.処置終了後,アンチセダン(拮抗剤)15㎖を左体側に筋肉注射し速やかに展示水槽に戻した.放流から遊泳開始までの時間は5分間であった.取り上げから放流までの所要時間は25分間であった.同個体は現在正常に飼育されており患部の再発も見られていない.

2.京都府北部海岸で保護されたタイマイの排泄物に認められた異物について:○竹田正義,蛇谷昌敏(城崎マリンワールド)
日本海に来遊するタイマイEretmochelys imbricataは,熱帯海域より対馬暖流に乗って日本海域に流入することが知られている.城崎マリンワールドでは,2001年2月12日に京都府北部の海岸に漂着した1頭のタイマイを捕獲した.
搬入時の個体(直甲長31.1cm,直甲幅25.2cm,体重3.0kg)は著しく衰弱していた.本個体を円形ポリタル容器(水量約50ℓ,水温約21℃)に収容し衰弱の回復を図った後,搬入翌日に方形開放式水槽(水量約100ℓ,水温約23℃)に移した.搬入後8日目,給餌棒よりアサリのむき身などを摂餌し始め,同13日目以降は主にイカの切り身を投餌した.同15日目,排便を確認するが排泄物には同57日目まで断続的に多数の異物が混在していた.これらの異物を採取・分類し,それぞれの破片数と乾燥重量を求めた.なお,1日あたりの給餌量は摂餌状態より同16日目以降100g,同171日目以降200gとした.搬入後195日目には,本個体を半開放式循環水槽(水量6.0㎥,水温約23℃)に移し,現在も飼育中である.
その結果,異物は合計12種類(不明含む),394片,総乾燥重量で9.44g認められた.そのうち,プラスチック片などの人工廃棄物が合計280片,総乾燥重量で4.58gにのぼり,それぞれ全体の71.1%,48.5%を占めた.このことは,本個体が回遊あるいは漂流中にこれらを誤食していたことを示唆している.2002年9月4日現在,本個体は直甲長48.4cm,直甲幅41.2cm,体重11.3kgに成長している.

3.ヘイケガニの展示に適した底質について:○稲次祐二1),土井啓行1),当瀬徳隆2),浜野龍夫2)(1)下関市立しものせき水族館,2)水産大学校)
ヘイケガニHeikea japonicaは,房総半島以南九州までの太平洋沿岸,瀬戸内海,能登半島沿岸に分布している.当館では2001年の開館以来常設展示を行ってきたが,個体の周年飼育に至っていない.そこで本研究では,ヘイケガニの飼育に適した底質を明らかにすることを目的とした.
まず,生息域の底質調査を実施した.2002年8月に周防灘で操業する小型底曳き網漁船に乗船し,ヘイケガニが採集された5地点でエクマンバージ採泥器を用いて底土を採取し,粒度分析を行った.粒度分析を行った結果,採取地点のシルト粘土含有率は48.0~87.9%と高く,いずれの生息域も軟泥底であった.
軟泥は水の濁りがひどく,展示には適さないことから,次の4種 {①極細粒砂(中央粒径値Mdφ0.096m),②粗粒砂(Mdφ0.606mm),③中粒砂(Mdφ0.317mm,珪砂),④ロックウール(平均粒径7mm,鉱滓スラグから作られた粒状綿)}を用いて選択実験を実施した.直径44cmの円型水槽2槽を各々4分割し,①~④を敷いた.各槽にヘイケガニ1個体を収容し,分布位置や行動について,3時間毎に連続20日間の行動観察を実施し,本種が夜行性であることをつきとめた.以降は,10個体について毎日1回(12~13時の間)の連続20日間,分布位置の観察をした,観察の結果,良く選択された順位は,①極細粒砂,②ロックウール,③中粒砂,④粗粒砂,であった.

4.水族館内におけるウミガメの産卵観察会:○吉井 誠,坂岡 賢,中村 仁,内田 至(名古屋港水族館)
名古屋港水族館では,1995年から8年連続してアカウミガメCaretta carettaの屋内飼育による繁殖に成功している.館内でウミガメの産卵行動を観客に見せることは,当館の大きな目標のひとつであるが,単に産卵するところだけを見せることではなく,上陸して産卵し,再び水中に戻るまでの一連の上陸産卵行動を観察,理解するための産卵観察会を計画した.
ウミガメの産卵では以下の性質が観察上の問題となる.①産卵は任意に起こる現象であり,開催日の設定が難しい.②産卵は真夜中,つまり暗闇の中での出来事である.③光や音などに敏感で,産卵中以外は近くでの観察が困難である.そこで,これらの点に配慮して観察会を企画し実施した.
産卵は,1シーズンに複数回起こり,またその間隔は水温と相関があることが知られている.従って観察会開催日は,初産卵確認後,以降の産卵予定日を計算した上で決定した.また,観察方法には,ウミガメの行動を妨げないようにするため,高感度カメラによる映像観察と目視による直接観察を使い分けた.
その結果,観察会開催日となった2002年5月30日にアカウミガメが上陸産卵を行い,ウミガメの行動に影響を及ぼすことなく,参加者24名が上陸産卵行動の観察,理解を深めることに成功した.

5.タッチコーナーの展示生物の減耗抑制と運営方法の変更による効果:○城 智聡,荒井 寛,金原 功,中村浩司,橋本浩史,大賀幹夫,根本弘美,高崎昭典,桜井 博(東京都葛西臨海水族園)
東京都葛西臨海水族園ではタッチ水槽の形状・構成.生物の触れ方やガイド方法の変更を行った結果,生物の大幅な減耗抑制に成功したので報告する.
タッチ水槽(400cm×100cm×75cm)を2001年4月に改修し,同時に運営方法も変更した.改修・変更内容は, 1)生物の隠れ場所を十分に確保するため,穴あきの自然石を多数設置, 2)自然石は水中エポキシで完全に擬岩に固定, 3)観察専用の小水槽(30cm×25cm×20cm)を設置し,ガイド時間帯(13:30~15:00)以外でも生物が観察できるよう配慮した. 4)指一本で触れるルールづくり, 5)全ての生物を自由に触るのではなく,一部の弱い種についてはガイド時間帯のみプラケース(15cm×10cm×8cm)内で触る,などである.
その結果,特に減耗の激しかったマヒトデとムラサキウニについて,年度ごとの減耗を搬入個体数を指標に比較すると,改修前(1997年~2000年度)ではヒトデが1223~4658個体,ムラサキウニが100~389個体であったのに対し,改修後の2001~2002年度では,それぞれ99~298個体,6~192個体と大幅に減耗を抑制することができた.
また,生物の減耗抑制だけでなく,タッチ水槽が単にさわることを主体としたものから,多様な生物や双方向のコミュニケーションを基にしたプログラムを準備することで,密で多様な情報のやりとりが可能なものに変化しているといえる.

6.帰化動物問題に対する人々の認識:竹内 健(井の頭自然文化園)井の頭自然文化園では2002年2月9日から6月30日まで,帰化動物問題をテーマとした特別展示「ペットを捨てないで!!」を開催した.近年,帰化動物が引き起こす様々な問題を新聞や雑誌等で報道される機会が増えているが,人々はこの問題に対してどんな認識を持っているのだろうか,そこで,来園者を対象として,帰化動物に関するアンケート調査を実施することにした.
調査方法は,会場内に調査用紙と回収箱を設置し,来園者の任意で回答をしてもらった.調査事項は,①帰化動物という言葉を知っていたか?②何種類ぐらいの帰化動物を知っていたか?③帰化動物が生態系等に悪影響を与えていることを知っていたか?④外国産動物の持ち込み制限についてどう思うか?⑤帰化動物の駆除についてどう思うか?⑥飼えなくなった動物を捨てたことはあるか?の6項目とした.
123日間の調査期間中,1135人からの回答が得られた.帰化動物という言葉を知っていた人は44%,1種類でも帰化動物を知っていた人は56%,生態系等に悪影響を与えていることを知っていた人は53%,持ち込み制限に賛成の人は53%,駆除に賛成の人は36%,動物を捨てたことがある人は9%という結果であった.帰化動物問題の解決には多くの人々の理解を必要とするが,人々の認識は予想よりも低かった.幅広い人々への情報提供不足が原因の一つとして考えられ,その改善には不特定多数の人が訪れる動物園や水族館での教育活動が効果的であると思われる.

7.宍道湖自然館で行った「タガメの里親」事業:寺岡誠二,○佐々木興,中野浩史(島根県立宍道湖自然
E
【目的】タガメLethocerus deyrolleiは近年その数を急速に減少させ,絶滅危惧Ⅱ類に指定されている.宍道湖自然館では開館当初よりタガメを常設展示生物とし,繁殖にも成功している.本事業ではタガメの飼育を通じて,水辺生態系の一端について触れてもらい,飼育後には,里親自身が地域における水辺環境の保全について情報発信源となってもらえるようになることを目的としておこなった.
【方法】実施にあたっては,2002年8月11日応募総数30件中,先着順の9家族に対し,1齢幼虫8個体,計72個体を貸与した.飼育期間は49日間とし,最終日の9月29日に発表会を行った.タガメの貸与時には,飼育方法を指導し,飼育の記録をとるようにしてもらった.
【結果】9月1日から指導をかねて各家庭を訪問したところ,9月5日現在,タガメは4齢または5齢まで成長し,計35個体生残であった.各家庭ともに,給餌や換水などの世話や,共食いを避けるため2~3個の水槽を用意して分散(1家族は全個体を個別に飼育)させるなど意欲的に飼育していた.事業の改善点としては,開始時期の調整,餌生物の採集方法の指導などが指摘された.今回,保護者のほうが積極的に飼育に参加する傾向が見られた.これは今後,個人だけでなく学校単位での里親制度導入により,学校内だけの活動にとどまらず,地域全体による環境保全活動へ発展しうる可能性を示唆するものと思われる.

8.島根県出雲地方におけるため池とわんどの生物相:○青山徳久,寺岡誠二,中野浩史,森 茂晃,山内健生(島根県立宍道湖自然館)
【目的】近年,人為的な水域である溜池の果たす役割が重要視されてきている.島根半島の平田市には200以上の溜池が確認されているが,これまでのところ詳しい生物調査はほとんど行われていない.斐伊川下流域にはわんど群が存在しているがこちらも生物相に関する調査はほとんど行われていない.そこで,演者らはこれらの溜池の生物相調査,わんどの魚類相および二枚貝の調査を行った.
【方法】2001年9月~12月に214地点の溜池で水生昆虫の調査を行った.2002年7月~10月に上記の溜池の中から環境の異なる10地点を選定し鳥類,両生爬虫類魚類大型甲殻類,水生昆虫,貝類,水生植物の生物相調査を行った.調査方法については鳥類,両生爬虫類,水生植物は主に目視で,魚類,大型甲殻類,水生昆虫,貝類についてはモンドリ,タモ網投網,釣り,潜水などの各方法を組み合わせた調査方法を用いた.わんどの魚類相調査は1地点で2000年5月~2002年8月に行い,調査方法は溜池に準じた.
【結果】214地点の溜池では94種の水生昆虫を確認した.10地点の溜池では鳥類11種,両生爬虫類12種魚類7種.大型甲殻類3種,水生昆虫49種,貝類4種,水生植物8種が確認された.また,わんどには魚類21種,しまねレッドデータブックにも掲載されているカラスガイをはじめとしたイシガイ科の二枚貝4種が生息し,それらを産卵母貝とするタナゴ類4種の生息も確認できた.

9.和歌山県内の汽水湖の魚類相について:○平嶋健太郎,中谷義信,吉田 誠(和歌山県立自然博物館)
干潟や河口域のような汽水環境の保全や,そこに住む生物の保護はしばしば取り上げられながら,それに資する基礎的な資料は多くない.本研究では特異な環境をもつ汽水湖とその周辺環境を取り上げ,そこに生息する生物の基礎資料を魚類中心にまとめた.
調査地は和歌山県南東部にある周囲約3km,最大水深6m,湖内に自噴する温泉をもつ汽水湖である.この汽水湖は流出部が浅く,その下流は河川的な形態になっている.下流で河川と合流し,約1km先で海域へと注ぐ.
汽水湖の塩分は概ね5~25%であるが,水深や降雨により一部淡水化することがよくあった.この汽水湖で1999年より2002年8月まで不定期ながら約30回の生物採集を行った.採集には投網,たも網,釣り具を用いた.
これまでの文献調査と採集により,この汽水湖周辺から90種の魚類が確認出来た.そのうち純淡水魚の割合は約4%で,ほとんどが通し回遊魚ないし周縁性魚類であり,この水域と海のつながりを強く示した.また,自噴する温泉により湖内には常に水温20℃以上の暖かい水域が現れた.この暖かい水域が湖内にパッチ状に形成されると思われ,和歌山県内でもこの水域でしか見られない南方系生物が多く生息している理由の一つと考えられた.

10.飼育下におけるホソアオトビの水槽内産卵について:○伏見 純,梶谷圭一(島根県立しまね海洋館)
島根県立しまね海洋館では1998年よりトビウオ類の通年飼育を行なっている.初夏から夏季にかけては産卵群である成魚を,その他の時期には夏季から秋季にかけて採集される稚魚・未成魚を飼育,維持しながら展示している.その間ホソアオトビHirundichthys Oxycephalusの水槽内での産卵が観察されたので報告する.
2000年10月3日,5日に幼魚・未成魚の段階で採集したホソアオトビが,約8ヶ月間の飼育を経た2001年6月20日に展示水槽(3m×2.5m×2m:約15㎥)で産卵するところが観察された.この日の産卵・放精は,水槽照明を消灯した40分後(18:40)に行なわれた.繁殖行動として,の夕刻より雄の雌への追尾が活発になり,の雄が雌の腹部に吻端を接触する行動が見られ,の雄は半ば雌を水槽壁面に押し付けるようにしながら,互いに体を震わせ産卵・放精に至るのが観察された.雄は複数の雌に対して追尾行動を行ない,別の雄を追い払う行動も示した.
濾過槽に設置した採卵ネットにより得られた受精卵から,この日の前後にも産卵されていたことが確認され,その期間の水温は23.2~24.8℃であった.この期間に得られた卵数は約1,000個程度であったが,受精率は約20%程度と低かった.受精卵は,産卵後8日目にもっとも多く孵化し,稚魚は孵化後76日目までにすべて弊死した.

11.飼育下におけるハスジマハゼの繁殖について:○春本宜範,倉石信(ふくしま海洋科学館)
ふくしま海洋科学館では,ハスジマハゼCryptocentroides insignisをオイランハゼ,クモギンポなどの魚類と共に展示している.本種は巣穴を作り,親魚が卵を保護するが,孵化直後の仔魚は中・表層を遊泳するため,他の混泳魚類に捕食されてしまい,これまで仔魚の回収は困難であった.そこで,孵化までの卵の保護は親魚に任せ,孵化仔魚を採集容器で回収して育成した結果,本種の繁殖に成功したので報告する.
2001年3月21日より本種30個体を水量800ℓの展示水槽で飼育した.本種は巣穴内で産卵するため,産卵を直接確認することはできないが,卵を保護する親魚は,巣穴入口で卵に向かって胸鰭や尾鰭で水流を送る,ファニング行動をとるため,その行動により産卵日を推測した.孵化は観察の結果,平均水温24.6℃の下,産卵後5日前後の日没後から始まることが確認されたため,巣穴の前に直径11cm,容量5ℓの仔魚採集容器を日没前に設置し,翌朝仔魚を回収した.
回収直後の仔魚(平均全長2.8mm)は,平均水温25.4℃の止水式100ℓ水槽に収容し,シオミズツボワムシを毎日給餌(約10個体/㎖)した.その後稚魚の成長に合わせて,アルテミア孵化幼生,冷凍アカムシ,配合飼料を給餌した.孵化後20日目には着底個体が確認された.2002年3月3日に孵化した約500個体は,同年9月1日現在10個体が生存し,平均全長39.2mmに成長した.

12.水槽内におけるタテガミギンポの繁殖習性と育成:鈴木宏易(東海大学海洋科学博物館)
【目的】魚類の繁殖と育成に関する研究は,水族館の展示や教育活動にも有効である.イソギンポ科タテガミギンポの繁殖と育成は未知なので本研究を行った.
【方法】繁殖中であった本種の雄1尾(76.1mmTL)と雌2尾(80.7mm,72.5mmTL)を1999年3月20日より透明アクリル水槽(210ℓ)に収容し同年12月20日まで観察した.水温は8月に29.5℃に達し,その後,徐々に13.0℃まで低下させ繁殖可能水温を調べた.産卵巣は塩ビ製T字管を用いた.卵は産卵直後から適宜採取して観察記録した.孵化直前に卵群の付着した産卵巣を円形水槽(100ℓ)に収容し,継続して飼育を行い,仔稚魚の形態を記録した.初期餌料にシオミズツボワムシを用い,成長に伴いアルテミア,魚介肉のミンチを与えた.
【結果】約6ヶ月間に16回産卵し,産卵間隔は約3-13日だった.繁殖行動は日中行われ,雄は巣内から雌に急速接近して戻るという求愛を行う.これに対し雌は産卵巣に接近し,入巣して産卵する.産卵終了後,雄は雌を追い出し卵保護を行う.1回の産出卵数は約600~1500粒,繁殖下限水温は14.2℃と推定された,受精卵は長径0.52-0.71mm,短径0.40-0.58mmの淡桃色をしたやや扁平な球形の付着卵である.水温22.5-23.0℃において,209時間30分後に孵化を開始した.孵化直後の仔魚は,全長3.09-3.27mm.水温約25.0℃では,孵化18日後に全長6.49-6.93mmに達し稚魚となり,孵化130日後に全長約30.0mmに達し繁殖参加に至った.

13.Pelagia colorata(鉢虫綱,旗ロクラゲ目)の飼育:小野真由美,○村井貴史,中川秀人(大阪・海遊館)
Pelagia colorataはカリフォルニア周辺に生息する大型の鉢水母類で,美しい色彩をもち,展示効果が高いが,日本では飼育展示例は少ない,海遊館では,2000年7月に米国モンタレーベイ水族館からポリプを入手し,2001年12月よりクラゲの展示に成功したので,飼育の概要について報告する.
ポリプは50㎖プラスチックケースを用いて比重1.024の止海水にて飼育し,栄養強化したアルテミアを給餌した.当初は水温を16℃としたが,断続的なストロビレーションによりポリプの増殖が抑制されたので,水温を約24℃としてポリプ増殖を図った.ストロビレーションの域値は20-21℃と思われた.エフィラは2ℓのボトルで水温18℃,比重約1.025で飼育し,エアレーションを行なった.当初,アルテミアのみを給餌したが,成長が悪かったため,粉砕したアサリ肉をあわせて給餌したところ,順調な成長がみられた.傘径2cm程度まで成長したクラゲはクレーセル型水槽で飼育した.水温18℃,比重約1.025とし,通常の循環濾過のほか,一時間あたり水槽容量の約5%の新海水を常時注入した.餌料はアルテミア,アサリおよびエビのミンチ,市販の冷凍コペポーダなどを用いた,成長過程で傘の変形が発生したが,傘径5cmで1個体/10ℓ,傘径10cmで1個体/40ℓ程度まで飼育密度を下げることにより改善された.展示では容量2000ℓのクレーセル型水槽で傘径15-20cmの10-15個体を飼育している.

14.ホウズキフシエラガイの卵から成体までの水槽内飼育:那須田 樹(のとじま臨海公園水族館)
ホウズキフシエラガイBerthellina citinaは,後鰓亜綱カメノコフシエラガイ科に属する橙赤色のウミウシである.本種は能登島町曲地先では年に1~6個体観察される.のとじま臨海公園水族館の水槽内で交尾・産卵および本種の幼体を観察することができたので,別の水槽で卵から成体までの水槽内飼育を試みた.
親個体は,能登島町曲地先で2000年1月~2001年5月にかけて潜水採集によって捕獲し,展示水槽(水量約134ℓ)で飼育した.2001年5月30日より,成熟した本種2個体を循環濾過水槽がついたプラスチック製水槽(水量約10ℓ)に移動し飼育を継続した.水温は13-23℃の範囲に保ち,月に2~3回部分換水を行った.水槽内には本種の餌であるナミイソカイメンを置き,常にあるように月に1~3回補充した.2001年6月2日(水温14.8℃)に2個の卵塊(高さ約8~13mm,長さ約60~90mm)が産みつけられそのうち大きい方の卵塊の卵は6月29日から7月2日(水温18.1~18.4℃)にかけて孵化した,7月18日(水温20.0℃)にはナミイソカイメンに着底幼生が群がる様子が確認された.その後生き残った幼生は,孵化後92日目(水温16.9℃)には体長約4mm,182日目(水温14.8℃)には体長約11mm,349日目(水温17.0℃)には体長約30mm,395日目(水温17.5℃)には体長約50mmに達した.

15.ホクリクサンショウウオの飼育と繁殖:山本邦彦(いしかわ動物園)
【目的】1984年に新種として記載されたホクリクサンショウウオは,石川県と富山県の限られた地域にのみ生息していて,環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧ⅠB類にランクされている.いしかわ動物園では種の保存と,飼育下での繁殖の可能性を探るため,本種の飼育展示を行ってきた.
【方法】1995年に石川県羽咋市寺家の繁殖地より入手した受精卵を,水槽内で孵化育成し,繁殖用の親として養成した.今回繁殖が確認された展示水槽は容量420ℓのFRP製で,外部に重力式濾過槽を備えた循環式である.飼育水温は年間を通して9~25℃の間にコントロールした.
【結果】2001年3月8日,展示水槽内において産卵が確認された,流木に産み付けられた卵嚢を観察のための水槽へと移動し孵化を待った.卵嚢内には59個の受精卵が確認されたが,発生途中に死亡するものが相次ぎ,産卵後32日目に7個体が孵化した.孵化直後の幼生は全長14mmで3対の外鰓とバランサーを持っていた.幼生はイトミミズやヨコエビ類を活発に接餌して,孵化後104日で5個体が上陸した.上陸後はコオロギやミルワームを餌料として与えたところ,孵化後455日で5個体が生存し,平均全長は68mmに達した.

16.神戸市西区のため池で観察されたカワバタモロコの繁殖生態:田端友博,○青山 茂(神戸市立須磨海浜水族館)
カワバタモロコの飼育下保全と併せて野外個体群の保全に必要な条件を探ることを目的として野外調査を行い,繁殖生態について報告する.
調査地は神戸市西区のため池で,2002年4月から9月まで毎月1回,目視及び採集調査を行った.2001年の深水域(水深約1.5~2.5m)でのセルビン採集に加え,今年は浅水域(水深0.7m以浅)で目合3mの引き網採集も行った.本種の稀少性を考慮し,採集個体は麻酔して体長・体重の測定と配偶子搾出による雌雄判定を行い,麻酔から覚醒させた後,再放流した.また,繁殖期には産出された卵を目視調査した.
雌では5~8月に熟卵が見られた.7月18日の観察では以下のことが判った.本種は浅水域,深水域双方に見られるものの,浅水域で数百尾が群れを形成し活発に遊泳した.この時の性比(雄/雌)は浅水域2.9(n=40),深水域1.1(n=105)で浅水域の雄の集合が著しかった.浅水域の群れのうち数十尾が岸辺の植物の茂みに突入し引き返す行動を繰り返した.浅水域で採集された雌28尾中3尾は魚体を持上げただけで卵を放出した.浅水域の抽水植物や冠水した陸上植物には,発生初期の卵の付着が認められた.以上のことから,この調査時には多数の雄と少数の雌からなる群れで産卵が行われていたと推測される.産卵場所としてこのような抽水植物が繁茂する浅水域環境の確保が本種の保全に有効と考えられる.

17.シナイモツゴの遺伝的変異個体群と飼育下保存:○加藤治彦1),渡邊精一2),鶴巻博之1),山田 篤1),小川忠雄1),鈴木倫明1)(1)新潟市水族館マリンピア日本海.2)東京水産大学)
シナイモツゴは,絶滅危惧ⅠB類(環境庁,1999)に評価される日本固有亜種である.本亜種の保全に資するため遺伝学的集団解析を行った.
新潟県内外18地点から得られたモツゴ属3タクサ324個体を用い,アロザイム電気泳動法による遺伝学的解析を行った,集団間の遺伝的類縁を解析するため12個体群の遺伝子頻度をもとに,Neiの遺伝的距離を求め,UPGMA法を用いてクラスター分析を行った.
分析の結果,シナイモツゴ6個体群とウシモツゴ1個体群の2亜種で1クラスター,モツゴ5個体群は別クラスターとなり形態による分類と整合した.一方,シナイモツゴ6個体群内の1個体群が他の個体群と遺伝的に大きく異なっていること(Nei'sD=0.108)が示された.この遺伝的相違は,推定された7酵素10遺伝子座の内,LDH-2*遺伝子座の対立遺伝子の完全置換に基くもので,本亜種の遺伝的形質に集団による変異があることが示された.
本個体群は,遺伝的撹乱防止のため他個体群との隔離が必要である.新潟市水族館では,本個体群のみを飼育下保存の対象とし,2001年9月28日に65個体を野生生息域より導入,2002年8月31日現在,約200尾の繁殖個体を保持している.今後,飼育下での単型化の対策,生息環境のモニタリング,保全啓発活動などが課題と思われる.

18.飼育下におけるイシサンゴ類の繁殖について:御前 洋(串本海中公園センター)
串本海中公園センターのマリンパビリオン(水族館)では,1971年10月の開園以来約60種のイシサンゴ類を飼育展示しているが,その飼育の一環としてこれらの繁殖を試みている.
サンゴを展示している水槽は大水槽(6×6×3m),個水槽(2×1.65×1.5m)の各1槽と置水槽(85×85×90cm)が4槽の合わせて6水槽である.飼育水は地先から汲み揚げられた無濾過海水,或いはこの海水と砂濾過した循環水を併用,飼育水温は19~29℃であった(冬期は加温),照明は自然光,マルチハロゲンランプ,HID光源スカイビーム,蛍光灯およびこれらを併用して使用した.
2002年8月までに,クシハダミドリイシ,タバネサンゴなど15種から配偶子やプラヌラの放出が確認され,内8種から種サンゴが得られた.更に繁殖個体からの繁殖(完全飼育)を行うべく,これらの種サンゴを予備槽で約1年間飼育し,展示魚から受ける食害が軽微となる大きさ数cmに育ったハナヤサイサンゴ,オヤユビ状ミドリイシ,タバネサンゴ,エントウキサンゴの4種(いずれも繁殖賞受賞)について,前2種を大水槽,残る2種を置水槽に移植し,飼育を継続した.その結果,ハナヤサイサンゴが飼育3年目(1998年)にプラヌラを,タバネサンゴが飼育7年目(2001年),オヤユビ状ミドリイシが飼育8年目(2002年)に,それぞれ配偶子を放出するのが確認され,この内前2種からは2世が得られた.

19.サツマハオリムシの採集と飼育について:○田畑道広,出羽尚子(かごしま水族館)
サツマハオリムシLamellibrachia satsumaは,1993年に海洋科学技術センターなどにより,鹿児島湾湾奥の,硫化水素など火山性のガスが噴き出る,水深82mの浅海域(有光層域)で群生しているのが発見された.
今回は,かごしま水族館で開館当初から飼育展示を行っている,本種の採集方法と飼育環境及び飼育の実際について報告する.採集は,1997年から始めた海洋科学技術センターとの共同研究により,無人潜水艇“ドルフィン3K”を用いて行った.その後,2000年からは,共同研究により製作した,カメラ付採集器を使用し,鹿児島大学と共同で採集を行っている.過去5年間で飼育展示に供した数は,補充分も含めておよそ600個体である.
サツマハオリムシの展示水槽は,濾過槽まで含めた水量は約500ℓで,ポンプにより濾過循環を行っており,水温は16℃に設定している.飼育にあたっては,体内に共生するイオウ酸化バクテリアが炭酸固定をするのに必要な硫化水素を供給するため,1日に硫化ナトリウム5%水溶液約1ℓを滴下して与えている.
当初飼育展示した180個体のうち約3割は4年以上生存し,飼育時の観察では,棲管および虫体部の下方への伸長や再生は見られたが,棲管の上方への伸長は確認されなかった,生息域のpHが6.5前後であるのに対し,飼育水のpHは8.5前後であることなど,最適の飼育条件については今後に課題を残している.

〔話題提供〕
20.ネズミザメの水槽収容直後の態様について:○松川正史,沢木清人,川村 隆(マリンピア松島水族館)
宮城県北部の定置網では毎年4~6月にネズミザメLamma ditropisが漁獲される.マリンピア松島水族館では飼育例の少ないネズミザメを将来の展示魚とするため今年5~6月にかけて試験的に3個体を搬入,水槽に収容した.搬入した個体は定置網で漁獲されたNo.1:メス,全長138cm,体重32.1kg,No.2:オス,全長130cm,体重24.9kgと突きん棒船で漁獲されたNo.3:オス,全長164cm,体重59.0kgである.
陸上輸送はトラックに積んだ容量約1.8㎥(1.5m×1.4m×0.85m)の輸送タンクを用い,空気ポンプ(No.1,2)及び,酸素ボンベによる送気(No.3)を施した.所要時間はいずれも約2時間であった.収容水槽は直径5m,水深2.5m,水量約50㎥のFRP製円形予備水槽で,中には合成ゴム製フェンスが周囲にはられている.飼育期間中の水温,pH,比重(SG15)はそれぞれ15.3~18.5℃,7.62~7.92,21.68~22.36であった.
No.1,2は入槽直後,水槽底で停止し,呼吸が止まったため,水面に固定した担架に取り上げ,口内への送水処置を行うが,No.1は入槽1時間25分後に,No.2は3日目に死亡した.No.3は時々水槽底を数m泳いでは停止する行動を繰り返し,停止中も呼吸は続いた.3日目に捕獲時の銛先を摘出,4日目から潜水給餌を行い若干の摂餌は見られたが,7日目以降動きが減少,9日目に死亡した.

21.サンゴ礁魚類展示水槽における開館後二年間の展示例:岡田勇治(鴨川シーワールド)
鴨川シーワールドでは,2000年7月にサンゴ礁の一部を再現した展示施設,「トロピカルアイランド」を開館した.本施設は,各々異なる五つのサンゴ礁景観を再現した水槽により構成されているが,その一つである「無限の海」水槽の展示計画から現在に至る生物展示経過について報告する.
本水槽は水量533㎥(長径11m,短径9.5m,最大水深7.5m)で,水槽内には一部擬岩を配置し,サンゴ礁外縁から外洋を臨む景観を再現している.開館に先立ち,表層・中層・底層を遊泳する魚種の住み分け,大型魚と小型魚の混合,群れ行動の再現などを目標に,36種2,400尾の複数種展示を計画した.開館日(2000年7月)の展示数は33種1,356尾で,2年後(2002年7月)には421,170尾となった.2年間の総展示魚類は54種2,301尾で,減少した魚類は40種1,131尾であった.主な減少要因は他種からの攻撃や捕食である.開館後6ヶ月間は追加数713尾,減少数709尾で2年間では共に最も多かった.以後,追加数,減少数は次第に少なくなり,2002年1月から7月までの6ヶ月間では追加数81尾,減少数27尾となった.現在の展示は概ね安定しているが,今後は,展示の核となる新魚種の導入や,成長に伴う一部魚類の取り上げ方法の確立などが課題と思われる.




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