動物園水族館雑誌文献

第48回動物園技術者研究会

発行年・号 2001-43-01
文献名 第48回動物園技術者研究会
所属
執筆者
ページ 17〜31
本文 第48回動物園技術者研究会

Ⅰ.開催日時:平成12年12月5日(火),6日(水),7日(木)
Ⅱ.開催場所:福岡市動物園・タカクラホテル福岡
Ⅲ.参加者:58園館115名,会長,維持団体1団体1名.研究会事務局2名,その他2名
Ⅳ.研究発表:口頭発表42題,ポスター発表6題
Ⅴ.宿題調査研究報告:飼育環境の多様化(環境エンリ「ッチメント」についてⅡ(関東東北ブロック・第47回動物園技術者研究会宿題調査実行委員会・埼玉動)
Ⅵ.懇談事項:
1)次期宿題調査研究のテーマについてテーマ「食
肉目のワクチン接種状況と効果について」(福岡市動物園,海の中道公園・動物の森)
2)研究会事務局からの連絡
3)次期開催園館について
平成13年度とくしま動物園
平成14年度関東東北ブロック
Ⅶ.情報提供:
1)JAZGAネットワークシステムの利用について(ネットワーク委員会)
2)環境庁の鳥獣保護事業ならびに水鳥救護研修センターの概要について(運営委員会自然保護部,環境庁自然保護局野生生物課鳥獸保護業務室)
Ⅷ.施設見学:福岡市動物園

第48回動物園技術者研究会発表演題および要旨
印は演者
〔口頭による発表〕

1.ミトコンドリア遺伝子に基づくコアラの分類について:○高見一利1),山本義弘2)(1)大阪市天王寺動植物公園事務所,2)兵庫医科大学)
近年,分子生物学的特徴に基づく動物の分類が重要視されつつある.コアラPhascolarctos cinereusに関しては飼育下,野生の双方において適切な個体群管理が必要とされているが,これまでのところ一部の断片的な遺伝子領域に対する検討しかなされていない.亜種については,分布域によりビクトリア亜種(以下V亜種),ニューサウスウェールズ亜種(N亜種),クィーンズランド亜種(Q亜種)に分類されているが,その客観的な根拠は明確ではない.そこで今回,コアラのミトコンドリア遺伝子全塩基配列を決定し,分類についての考察を行った.
Q亜種ミトコンドリア遺伝子全塩基配列を決定し,過去に報告されている他の動物種の配列と比較したところ,従来の系統分類を裏付ける結果が示された.
次に,V亜種のミトコンドリア遺伝子全塩基配列を決定し,Q亜種の配列と比較した.両者の間で塩基に変異が認められた領域を選択し,その配列を3亜種28個体について比較検討した.その結果,V亜種とQ亜種の間には明らかな遺伝的距離が認められた.N亜種については,他の2亜種にそれぞれ近縁である個体が混在した個体群であることが示された.従って,従来の地理的亜種分類は今回の分子生物学的分類と一致しないことが明らかとなった.現在Q亜種とN亜種を同一グループと見なす飼育管理方針が提唱されているが,再検討が必要と考えられる.

2.PCR法を用いたDNA解析による鳥類の雌雄判別:○中澤昭人,堀 秀正(東京都恩賜上野動物園)
第42巻第3号に掲載済

3.ウマ科における麻酔とその管理について:○須永絵美,海野耕一,中平樹里,小林順子(横浜市立野毛山動物園)
横浜市立野毛山動物園ではウマ科に塩酸メデトミジン(D)-塩酸ケタミン(K)混合麻酔で年1~2回の削蹄を行っているが,モウコノロバEquus hemionus hemionusはこれまで導入に高用量の麻酔が必要とされてきた.さらに麻酔中の呼吸不整が見られ呼吸停止に陥ったこともあった.そこで,ジアゼパム(H)を用いるなど麻酔法の改善を試み,呼吸不整時の呼吸機能の評価法として酸素飽和度の測定と動脈血のガス分析を行った.
モウコノロバの麻酔は2回(1回目H9.3mg/kg経口投与,D138.4μg/kg,K2.3mg/kg筋肉内投与,2回目H5.1mg/kg,D134.0μg/kg,K2.0mg/kg)行った.両麻酔とも投与後40分あたりから呼吸遅延がみられた.1回目には酸素飽和度と動脈血酸素分圧の測定を行ったがそれぞれ96~98%,70mmHg以上と安定であった.また,両麻酔時に,舌に設置したパルスオキシメーターによる経皮的酸素飽和度測定を行ったが,1回目は84~97%,2回目は94~99%であった.1回目に測定値が不安定であったのは装着の問題で,2回目には安定した値を示していることを考えると,その機械の簡便さからも呼吸管理の間,ほぼ1時間おきに,1日3回から7回どの個体がどこに居るかを記録した.観察回数は485回で,観察個体はのべ3021頭となった.
「やぐら」の利用率は,観察個体3021頭の内16%であった.テラスの高さ別利用頻度は,地上2.5m部分が最も高く,次いで8m,5mの順であった.8m部分の利用は,夏季に少なく冬季に増加する傾向が見られた.
以上の結果から,放飼場面積776㎡に対して床面積約18㎡の「やぐら」の広さからすると,利用率16%はよく利用されていると思われた.テラス別の利用は,必ずしもより高い場所を好んでいるわけではなく,日差しや風当たりによって変化しているようであった.今回の結果をもとに,今後最上部に日避けの設置などを行い,より利用しやすい「やぐら」へと改良を加えたい.

6.多摩動物公園の新チンパンジー舎の紹介:○宮路良一(東京都多摩動物公園)
1971年4月から約30年間使用していた旧舎の老朽化が目立ち,旧第二サバンナの跡地に新チンパンジー展示施設を建設し,2000年5月2日にオープンした.展示施設は観客通路等を含んだ全体整備面積が6,400㎡で,放飼場面積2,300㎡(大放飼場2,100㎡,小放飼場200㎡),動物舎は建築面積563㎡,延床面積760㎡である.延床面積の内訳は,地階:120㎡,1階:563㎡,2階:77㎡,寝室:3.3㎡(25室),産室等:20㎡(3室)である.
設置している遊具等は,旧舎より現在も使用しているものが①人工アリ塚②ステンレス製の鏡③ナッツ割り器④知恵の木⑤打ち出の小筒⑥UFOキャッチャーである.新チンパンジー舎において新たに設置した遊具等は①ジャングルタワー②情報コーナー(キッズルーム,体重表示計,大型類人猿の等身大レリーフなどを設置)③チンパンジー用の自動販売機である.
新たに設置した遊具等の使用状況,効果については,①は,左右15mの鉄塔が立ち,その間を縦横にロープを張り巡らしたもので,上部に休み処がある.ここではチンパンジーの腕渡り行動や高所でのバランス感覚が見られ,あたかも樹間を自由に飛び回るチンパンジーが想像される.③はチンパンジー自らが硬貨を入れ,ボタンを押してジュースを獲得することで,チンパンジーの知能の高さを実証するものである.またエンリッチメントとしての効果も期待している.

7.新築したチンパンジー館(愛称:『マチカ』)について:○千葉 司(札幌市円山動物園)
当園では1956年からチンパンジー(Pan troglodytes)の飼育を行っており,現在の飼育頭数は9頭(成♂1頭,成♀5頭,幼♂1頭,幼♀2頭)である.1987年から旧獣舎(名称:『類人猿館』)にて飼育していたが,この獣舎は『環境エンリッチメント』の観点からもチンパンジーの本来の生態に適したものではなく,また飼育頭数も多くなり手狭となってしまったので,チンパンジーを単独で飼育するための獣舎を京都大学霊長類研究所松沢哲郎教授の監修の下新築し,本年9月9日より一般公開した.
屋外放飼場面積は396㎡,屋内大展示室面積は100㎡,屋内小展示室面積は38㎡とした.また全展示場にタワーを設け,屋外15m,屋内8m・6mとした.付帯遊具として屋外にタイヤブランコ,綱渡りロープ,ハンモック,人工アリ塚を設け,また屋内には押しボタン式水飲み器も設けた.
来園者への教育普及設備としては,「生態について」「環境エンリッチメントについて」「豆知識」「クイズ」をパネル形式で,また「食生活」についてはショウケース内に解説・展示した.

8.ボルネオオランウータンの飼育・展示について:○高橋久雄(旭川市旭山動物園)
旭川市旭山動物園では,1995年よりボルネオオランウータンの飼育を開始した.飼育当初から以下の飼育・展示目標を設定した. 1.メスの育児を補助できる飼育 2.環境エンリッチメントを考慮した遊具の設置 3.来園者にオランウータンの知能の高さを知ってもらう工夫 4.個体の情報,近況などを知らせる案内板の設置,これらについて具体的に報告する.
1.将来メスが自然保育が出来ない場合,育児補助などが行える飼育を目標とし,直接檻の中に入る飼育方法とした.手渡しでの給餌,獣舎の清掃などを行っている.また担当者だけ馴れないように他の職員も積極的に檻の外からあるいは直接接するようにしている. 2.放飼場にはロープを張り巡らし木製のジャングルジムを檻の天井から吊り下げた.ジャングルジムは人止め柵とロープで繋ぎ,来園者がロープを引っ張ると揺れるようにした.オランウータンは気が向いたときには,揺れるジャングルジムに乗ったり,ロープを引っ張り返したりしている. 3.檻と人止め柵の間に道具を使わないと餌が取れない遊具を設置し,時間を決めて来園者に公開している. 4.案内板に飼育個体の写真や性格,近況などの情報を掲示している.来園者が写真と個体を見比べて名前を呼んでいるのをよく見かける.
今後は,現在の遊具の改良,オランウータンの成長に合った飼育法,新たな遊具を考えていきたい.

9.動物の森の電気柵について:○高田真理子,渡辺人志敬(海の中道海浜公園・動物の森)
平成9年4月頃から海の中道海浜公園・動物の森内にキツネが侵入し,断翼放飼しているコクチョウなどの水鳥をはじめ,多くの鳥を捕食し被害を及ぼした.また,放飼している鳥類が警戒したため,繁殖が中断した.
そこで,キツネ防御対策をたてるにあたり,全国65の動物園に害獣防止対策のアンケート調査を実施した.その結果,電気柵を用いて効果をあげている動物園が3園あったので,参考にして,電気柵を設置した.当園の電気柵は総延長1118m,高さ180cmの外周柵の上部に15cm間隔で,4本の+極・-極交互に電線を張ったもので,最大7000~8000V,460mAの電流を約0.75秒周期でタイマー設定で夜間のみ流すものである.平成11年12月に設置し,ちょうど1年になった.
設置直後にはキツネが侵入口を探して,外周を徘徊しているのが見受けられたが,侵入はなく,春には水鳥が安心したためか繁殖行動が再開した.

10.アフリカサバンナ区草食動物ゾーンの概要と動物馴致について:○松下達夫,葭谷文彦,吉田寿治,芝野利夫,西村慶太(大阪市天王寺動植物公園事務所)
天王寺動物園では,新たにアフリカサバンナ区草食動物ゾーンを建設した.このゾーンは草食動物の混合飼育展示を中心とした施設で,生態的展示の手法を取り入れ,東アフリカの国立公園をモデルとしてその景観を再現している,総面積は9370㎡で,草食動物混合放飼場,フラミンゴ放飼場,シママングース放飼場,サブパドック放飼場,キリン舎,草食動物舎などを備えている.展示する動物種は,アミメキリン,グラントシマウマ,エランド,トムソンガゼル,シママングース,ダチョウ,コフラミンゴ,アフリカハゲコウ,ホロホロチョウである.
建設工事は平成10年9月より平成12年3月にかけて行い,翌4月より新しい獣舎への動物移送を行った.その後,寝室,サブパドックへの馴致を重ね,7月初旬より徐々に動物種ごとに放飼場への放飼,寝室への収容の訓練を行ってきた.さらに,異種動物の混合飼育展示を行うために,各動物種どうしの見合いを平行して行い,8月初めより順次同居展示を試みてきた.平成12年8月25日に一般公開したが,その時点ではアミメキリン,グラントシマウマ,エランドの3種による同居展示であった.現在でも引き続き動物の馴致,訓練は継続している.
今回は,アフリカサバンナ区草食動物ゾーンの施設概要と,動物の馴致過程について上述の通り報告する.

11.ホオジロエボシドリの自然繁殖について:○吉川貴臣,中西安男,山崎博継,渡辺 孝(わんぱーくこうちアニマルランド)
移転開園にあわせて,1992年12月22日にホオジロエボシドリ成鳥3羽が来園し飼育してきた.1997年5月にペアリングに成功し繁殖行動がみられるようになり,これまでに数回の産卵があったが,抱卵放棄や中止卵という結果であった.その後,環境整備のために観葉植物を飼育舎内に配置したり,巣材の変更をした結果,2000年6月24日に今シーズン4クラッチ目の1卵を抱卵しているのを確認した.雌雄交代で順調に抱卵し,抱卵確認から20日目に嘴打ちを確認し,翌日21日目の7月15日に孵化したのを確認した.
孵化した雛は黒い綿毛に包まれ,人工孵化のデータから推定体重は15gほどと思われた.育雛も雌雄が共同で行い,給餌方法は飲み込んだ餌を吐き戻す方法で行われた.育雛用飼料はブドウを加えた,キウイ,バナナ,ミカン,リンゴ,九官鳥用フード,フラミンゴ用フード,食パン等を使用した.孵化後12日目頃には巣内を歩きまわるようになり,21日目には巣箱近くの枝にとまるようになった.この頃より,烏帽子状の羽冠や尾羽が少しずつ伸び始め,赤い風切羽も確認できるようになった,孵化後48日目には体格が親とほぼ同じに成長し,目の周囲も少しオレンジ色が確認できた.10月3日現在,孵化後78日目では幼鳥色が若干残るものの,嘴の色も少しずつオレンジ色に変化しつつあり,孵化後1年を経過しないうちに成鳥の羽色に変化するものと予想している.

12.ルリゴシボタンインコの雌雄判別の試みについて:○菊池 博(横浜市立野毛山動物園)
横浜市立野毛山動物園で飼育しているルリゴシボタンインコAgapornis fischeri16羽(繁殖行動などで性判別されている1才以上の個体)を用い,最大翼長,尾長,ふ蹠長,露出嘴峰長,嘴高,全頭長,体重の7項目について計測し,外部計測値に基づく雌雄判別を試みた.この結果,体重については雌が雄よりも大きく,雄雌間に統計学的有意差が認められた(t=3.78,p<0.01).
さらに,恥骨幅についてもレントゲン撮影によって計測を行なったところ,雌の方が雄よりも大きいという有意差が認められた(t=6.76,p<0.01).
また,ブラックライトを用いた紫外線下での羽色の発色差が雌雄間に現れるかどうかという試みも行なったが,明確な相違を見出せなかった.
これらをもとに,繁殖行動が見られずに雌雄の分かっていない1才未満の幼鳥10羽についても外部計測及び恥骨幅の計測を行ない,性判別が可能か検証した.この結果,幼鳥でも恥骨幅で雌雄が判別できると推測された.以上に基づき,ルリゴシボタンインコでは体重と恥骨幅で雌雄判別ができると思われた.しかし,体重については季節などの影響で変動があるので,今回は有意差が認められたが,実用性があるかどうかはわからない.また幼鳥は成鳥に比べて体重のばらつきが少ないため,性判別には利用できないと思われた.

13.アオメキバタンの人工育雛成功例について:○北川忠雄,屋野丸勢津子(広島市安佐動物公園)
[目的]1994年に番にしたアオメキバタンは,すぐに産卵,育雛を始めたが,雛が生育途中で死亡し巣立ちには至らなかった.1995年と1996年には繁殖期の餌や巣箱等の改良を試みたが,最長でも約1.5か月齢で雛は死亡した.そこで1997年から雛を取りあげて人工育雛の成功をめざした.
[方法]1997年,4度目の繁殖では孵化後1か月の雛1羽を取りあげて人工育雛したが2日目に食滞で死亡した,巣箱床材の木材チップの過食が原因であった.1998年は孵化後1週間で雛1羽を取りあげ果実,牛乳等の混合餌を与えたが,64日目に脱水症で死亡した.1999年は6月11日最初に孵化した雛を取りあげ,残る1卵は孵卵器に移し6月13日に孵化した.初生雛の餌は市販のインコ育雛用飼料,すりおろしリンゴ,ニンジンを霧状にしゴムチューブをつけた注射器で与えた.給餌日量は初生時6gから26週齢84gで,10週齢から29週齢まではインコ維持飼料を最大40gを加えた,飼育箱は段ボール箱を使い,底には電気アンカの上に湿らせた紙おむつを敷いて温度36℃前後,湿度70%前後を維持した.
[結果]1999年の雛2羽は初生時の体重26gと17gから生後6週齢で300gと310g,12週齢で共に約500gと順調に生育した.また15週齢で自主採食を始め,30週齢からは成鳥と同じ給餌とした.成功要因として孵化直後の雛の取りあげ,床材の工夫,十分な給餌等の異物採食の回避及び市販の餌の利用等が考えられる.

14.カンムリシロムクの人工育雛例:○白石利郎,原久美子(横浜市立よこはま動物園・繁殖センター)
今般,親鳥によって巣外に排出されたカンムリシロムクの雛2羽を人工育雛する機会を得た.1羽は発見時に未だ卵殻に包まれていたが,孵卵器に入れて翌日になっても孵化しなかったため強制的に孵化させた.もう1羽はその7日後に別のペアから得られたもので,親鳥の行動や大きさから孵化翌日の雛と推測された.
17~22日齢までは,雛を気温33~36℃,湿度70%以上に設定した立体式孵卵器に入れて飼育した.当初は,ピンクマウスや鶏レバーなどをジャム状にして,小鳥の雛用給餌器(商品名:育て親)を用いて1.5~2時間ごとに与えていたが,6~8日齢からは果物類やすり餌などの植物性の餌料も与えるようにし,徐々にこれらの餌料に切り替えていった.また,効力のほどは定かではなかったが,消化を助ける目的で10~12日齢までの間,成鳥より採取した胃汁を餌に添加した.雛の採餌量は,育雛開始から一日におよそ3.5gずつ増加して10日齢には30g以上になったが,その後はほぼ横這いとなった.当初5.7g(1羽目)と7.3g(2羽目)であった雛の体重は,それぞれ21日齢と17日齢に最大時で約90gにまで達したが,その頃から積極的に口を開かなくなって体重も減り始めた.このため孵卵器から30℃前後に設定した育雛箱等に雛を移し,強制給餌を施しながら置き餌をして自力採餌を促した.この結果,1羽目の離は32日齢に,2羽目は52日齢に完全自力採餌に移行した.

15.クロカンガルーにおける甚急性コクシジウム症の集団発生事例について:○牧野良則,中沢力男,紅野芳典(浜松市動物園)
コクシジウム症は,カンガルーにおいて比較的よくみられる疾病で,糞便中よりオーシストが検出されることで生前診断される.浜松市動物園では,平成12年8月に甚急性コクシジウム症の集団発生により飼育中のクロカンガルー6頭のうち5頭が死亡する事例に遭遇したのでその概要について報告する.
本園では昭和57年よりクロカンガルーを飼養・展示し繁殖も順調に行われてきたが,平成12年8月15日に突然クロカンガルー6頭のうち3頭が血便を,別の1頭が水様便を排泄し,血便を排泄した3頭は当日死亡した.この3頭の腸内容物を検査したところオーシストを含む寄生虫卵は陰性,DHL寒天培地にてサルモネラ菌陰性であった.また解剖結果がいずれも出血性胃腸炎であったことから他の細菌性疾患,中毒症などを疑い治療を実施したが,20日までに水様便を排泄していた個体を含む残り3頭中2頭が死亡した.このため静岡県中遠農林事務所家畜衛生課に病性鑑定を依頼,また本園でも病理組織検査を実施した結果,胃・小腸粘膜においてコクシジウムシゾントが多数認められ,本症は甚急性コクシジウム症と判明したが,ガメートゴニーは認められなかった.
本園では今年7月に,ニュージーランドよりパルマワラビー5頭を近隣の獣舎に導入した.その検疫検査で糞便中よりコクシジウムオーシストが浮遊法1回あたり2~3個検出されており,今回の事例の感染源として疑われた.

16.飼育下のシロフクロウに見られたPlasmodium sp.感染症と診断した一例について:○高橋広志,三浦匡哉,佐々木祐紀,小松守(秋田市大森山動物園)
2000年7月中旬より,当園飼育のシロフクロウ2羽(雄1,雌1)が元気を失い,食欲不振や緑色便粘膜蒼白等の症状に加え,舌中央に白色の潰瘍状隆起物を認めるようになった.そこで,日和見的な口腔内カンジダ感染を疑い,潰瘍部の拭い液を採取すると同時に,基礎疾患を精査するために血液検査を行った.
血液検査の結果,2羽の血液塗抹標本から,赤血球内に寄生する多数の血液原虫が検出された,原虫は,trophozoite,schizont,gametocyte等の多様な形態を呈し,細胞質内に褐色色素顆粒を含むものも見られた.また,より重篤な寄生が見られた雄では,Ht値および赤血球数の著しい減少が認められた.
原虫の感染状況とその形態,臨床症状等から,本症をPlasmodium sp.感染症と診断し,抗マラリア薬(sulfadoxine-pyrimethamine製剤)を10日間連続投与した.その後,数日サイクルで「投薬一休薬」を約1ヶ月間繰り返し,並行して,飼育環境の改善(同居フクロウ群の移動)や衛生対策(蚊の幼虫駆除)を行った.
投薬を開始して4日目頃から,2羽の元気・食欲が回復し始め,正常便を排泄するようになった.投薬後12日目に行った血液検査では,2羽ともに極少数のgametocyteが検出されたものの,Ht値および赤血球数は正常範囲内であり,舌の潰瘍も治癒していた.34日目の血液検査では,血液原虫は全く見られなくなり,その後88日目(10月17日)に至るまで,原虫は検出されていない.

17.ボールニシキヘビにみられたアメーバー症について:○奥村純代1),甲斐のぞみ1),西明美1),出口智久1),内田和幸2),相本敦子2)(1)フェニックス自然動物園,2)宮崎大学)
ヘビのアメーバー症の多くは,Entamoeba invadensを原因とし,死亡率の高い重要な疾患である.
フェニックス自然動物園の爬虫類展示場で飼育していたボールニシキヘビ3頭が,1999年9月13日から10月21日にかけて,相次いで死亡した.
死亡個体は,死亡の10日程前より採食不良,皮膚の光沢消失等の臨床症状を呈していた.病理解剖所見としては,大腸下部に長さ5~10cmの一部壊死を伴う潰瘍が存在し,肝臓にび漫性うっ血がみられた.病理組織所見では,腸管壊死部や肝臓に円形原虫が多数みられ,胃を含む消化管全域,腎臓,肺及び脳の組織にも認められた.原虫の形態により,ヘビに多いアメーバー症が疑われた.生存していたボールニシキヘビ残り1頭には,10月22日から駆虫薬(メトロニダゾール;100mg/kg po 5日間)を投与し,皮下補液,抗生剤投与等の治療を行なったが,11月18日に死亡,病理解剖所見は他3頭と同様だった.さらに,原虫の種類を調べるために,人のアメーバー症鑑定に用いられる抗E.histolytica抗体を用いて,間接蛍光抗体法を行なった(10月21日死亡個体のみ)ところ陽性反応がみられ,アメーバー症と診断した.同展示場内のアミメニシキヘビ1頭とホシガメ7頭は,症状を呈していなかったが同駆虫薬を投与し,以後は糞便検査により予防に努めている.

18.カイウサギのエンセファリトゾーン症を例としたこども牧場における感染症対策について:○福井大祐1),坂東 元1),古屋宏二2),山口雅紀3),中岡祐司3),小菅正夫1)(1)旭川市旭山動物園,2)北海道立衛生研究所3)北海道上川家畜保健衛生所)
'99年5月,当園こども牧場において,同腹2頭のカイウサギ(Oryctolagus*cuniculus)(40日齢)が中枢神経症状を示して死亡し,エンセファリトゾーン症(Ez)と診断した.EzはAIDS患者を含む幅広い動物種での発生があるため,ウサギを中心に同施設の飼育動物を調査し,その清浄化と衛生指導の対策を行ってきた.
対象動物すべての臨床学検索を行い,ウサギ38頭で国内では初めて血清診断を応用した(第21回動物臨床医学会).また,死亡したウサギ4頭とEzを疑い安楽死した22頭,死亡したモルモット2頭とヤギ1頭を病理検査した.
ウサギ13頭がEzと関連する臨床症状を示し,抗体陽性率は71%で,無症候性の陽性例は68%存在した.病理学的にウサギ21頭をEzと診断したが,モルモットとヤギは陰性で,他種への感染力はあまり強くないと考える.
感染は尿中に排出された胞子の摂取により起こるが,消毒は困難で,胞子は環境中に1ヵ月生存する.よって,ウサギコロニーの全汰は現実的でなく,抗体陽性個体を繰り返し淘汰するなど清浄化を試みている.
また,外部寄生虫,糞便中の虫卵・細菌,トキソプラズマ抗体などの検査を定期的に行い,監視している.公衆衛生上,最も重要なことは,やはり基本的な衛生概念を身につけることである.入園者に適切な動物の取り扱い方と退園時の手洗いを,さらに,スタッフにEzを含む感染症の理解を指導している.

19.フランソワルトンの人工哺育例:山本裕彦,植田美弥,西村裕之,松井桐人,石川智子,水谷苗子,山口進也,○氏家陽子(横浜市立よこはま動物園)
今回フランソワルトンの人工哺育を行い61日齢までしか生存しなかったが,我が国での成功例はなく,リーフィーターの人工哺育の報告例も少ないためその経過を報告する.
母親は体重8.2kg,16歳の個体で2000年6月14日に,到津遊園より入園した.6月16日の朝出産し,間もなく育児を放棄したため同日夕方より人工哺育を開始した.任はヒト用の哺育器(初期設定:温度33℃,湿度70~80%)に収容し,ヒト用ポルタゲン9.4gとステップ7gを湯に溶かした総量100㎖に調整した代用乳を与えた.また初乳の摂取が確認できなかったため,6月16日から21日まで母親の母乳を採取し代用乳を混ぜて与えた.哺乳は生後24日齢まで4時間毎,1日に5回,その後2週間毎に哺乳間隔と回数を交互に減らしていった.生後46日齢から哺乳時に離乳食を1回に約3g~30gの間で欲しがる分だけ与えた.市販のニンジンペーストからはじめて1週間毎にバナナ,リンゴをすりつぶしたものを混ぜていった,生後52日齢からは,日光浴を兼ねて屋外で短時間の運動をさせた.この時点までの飼育経過は順調であったが,飼育後61日目の最終の哺乳中に死亡した.死因については病理検査の結果,ウィルスの感染または毒物の摂取が疑われた.

20.マーラの人工哺育について:○国本典雄(海の中道海浜公園・動物の森)
2000年5月21日にマーラが双児を出産した.翌日1頭は死亡し,残る1頭は先天性開張肢による起立困難で哺乳ができず衰弱していった.そこで,歩様を矯正し,人工哺育を行なった.
先天性開張肢により開脚した四肢をビニールテープで固定した.10日後には,矯正なしでも起立できるようになり,18日目には,走り回るようになったのでテープをはずした.
哺乳は,エスビラックパウダー・犬用を,子犬用濃度に調整したものを哺乳びんを用いて,朝・昼・タと一日3回行なった.なお,夜間哺乳はしなかった.
2日齢~61日齢までは子が飲むだけ与えた.開始時には約70mg/日で,多い時には約250㎖/日であった.62日齢から離乳に備え意図的に乳量を制限し,1回を約80~100㎖/日とした.15日齢よりニンジン・芋を食べはじめ,徐々に食餌量を増やし,哺乳量を減らしていった.52日齢より哺乳回数を2回に,104日齢で1回とし,122日齢で完全に離乳した.生後320gの体重は,127日齢には3700gになった.成長に時間がかかったものの5か月齢で体格差はなくなり,起立歩行もほぼ正常となり,現在,放飼エリアの群れの中で生活している.

21.ホッキョクグマの人工哺育について:○關  徹,斎藤勝彦,今津孝二(アドベンチャーワールド)
当園で飼育中のホッキョクグマ2頭(雄1,雌1共に8歳)に平成11年6月下旬に交尾が確認され,平成12年2月3日に初めての出産に至った.2頭誕生したが,1頭は親による食害により死亡,残った1頭(雌)については人工哺育を行ったが平成12年5月14日死亡した.今回は人工哺育の概要と経過を報告する.
35日令までは,保育器,ヒヨコ電球を用い温度は18~29℃の範囲に調節したが,以後は特に寒がる様子が見られないため15~17℃に調節した.
授乳には人用の哺乳瓶とLサイズの乳首を使用し,エスビラックパウダー(犬用)を7~4倍の希釈率で与えた.1回の授乳量は50~300㎖,授乳回数は6~4回の範囲で成長に応じ変更し,不定期にビタミンADE剤(ビガントールE®,バイエル株式会社)を皮下に,鉄剤(グレプトシル,日本全薬工業株式会社1㎖の中にFeとして200mg)を筋肉内に注射した.90日令より離乳を目的とし,子犬用ドッグフード20gをミルク100㎖に混ぜ与えた.
取り上げ時の体重は638g,100日令で12180gに成長し,27日令より開眼,42日令で右下顎第2切歯が生え始め,92日令で四肢で立ちあがった.3日令より,鼻鏡部を床にこすり,出血が見られたが床に毛布を使用する事により解消した.
死亡後の剖検では全身に貧血症状が確認され,特定は出来ないがビタミン,鉄分の欠乏と考えられる.

22.ホッキョクグマの人工哺育:○高市敦広,宮内康典,河野良輝,山内真司(愛媛県立とべ動物園)
国内では,1998年12月31日現在,33園館で65頭(♂29♀36)のホッキョクグマが飼育されており,122頭の出生が確認されているが,繁殖成功例は自然繁殖の16例のみと極めて少なく,人工哺育の成功例は全く無い.
愛媛県立とべ動物園では,1999年12月2日,2頭の出生を確認し,1頭の人工哺育を行った.性別は雌で,生時体重は680g,活力は良好であった.国内の人工哺育データは皆無で,海外のデータを参考に臨機応変の哺育を行うこととした.
仔グマは生後数ヶ月間母親としか接しないことから,仔グマのストレスを考慮して哺育担当を1名に限定し,夜間・定休日は自宅に連れて帰った.ミルクは犬用エスビラックを使用,乳糖不耐症による下痢を危惧して濃度の低いミルクから始め,状態を見ながら徐々に濃度を高くし,最終的に重量比にしてミルク:水=1:4~5で維持した.1日哺乳量は初期で200~300㎖,最高で1900㎖であった.また,18日齢から総合ビタミン剤を添加した.初期保温はヒーターで保育箱内を25℃に保ったが,11日齢で暑さを訴え始めたため,13日齢で中止した.離乳は82日齢から開始し,離乳食は骨入り鶏ミンチを使用,155日齢で完全離乳した.夏の暑熱対策に苦慮したが,その後の成長は順調で,2000年10月13日現在(316日齢)体重は73.2kgに達した.
以上から,担当者を専任することやビタミンなどの投与が良い結果を導き,哺育時も保温は必要なく冷却が必要なこともあるなどの知見が得られた.

23.コアラに見られた毛球症の一例について:○横山晴美,林 恒弘(名古屋市東山総合公園事務局)
毛球は消化管内異物の一つとして各種の動物において消化管の通過障害の原因として認められている.2000年8月に腸重積で死亡したメスのコアラの剖検時に,重積部分の前方の消化管内に毛球が認められた.
個体は埼玉県こども動物自然公園よりブリーディングローンにより借用中のクィーンズランドコアラの3歳のメスで,8月7日の朝,死亡しているのが発見された.
前日までの行動,採食等に異常は見られなかった.
剖検所見では,幽門部より約60cmの部位に長さ約7cm,嵌入した腸管の長さ約40cmの二重の腸重積が認められた.十二指腸から重積部分間での腸管の漿膜面には出血斑が見られ重積部分の前方の腸管内に硬結物が認められた.両腋下の皮下には脂肪腫が認められた.このほかには特筆すべき所見は見られなかった.病理組織所見では十二指腸に出血,うっ血,変性が認められたほかは特筆すべき所見は見られなかった.
硬結物は直径約2cmの暗緑色の不整な球形のもので,被毛に食道が絡んで硬結したものであった.
グルーミング等で被毛を口にすることはほとんど見られず,毛球の形成はコアラにおいては非常に希な例と思われる.

24,ホッキョクグマにみられた慢性腎不全の1症例:○原 樹子,林 貴子,野瀬修央,成島悦雄(東京都恩賜上野動物園)
慢性腎不全(CRF)は,犬や猫では腎疾患の中で最も多く,あらゆる年齢に起こりうるが,年齢とともに発生率が上昇する疾患である.1999年11月,当園飼育下のホッキョクグマ(4)推定年齢23歳以上が,CRFを発症した.その治療経過について報告する.
元気消失,右半身の神経症状,下痢等の症状に始まったが,対症療法で症状は軽減した.しかし,2000年1月,加えて,食欲不振,血尿,頻尿,多飲,生あくび,嗜眠等の症状が認められるようになったため,麻酔下で検査及び治療を実施した.血液検査の結果,肝機能障害とCRFの所見を認めた.対症療法で状態が安定してから,強肝剤の投与と食餌療法を開始した.処方食は,AAFCO栄養基準(成犬)と日本ヒルズ・コルゲート(株)のPRESCRIPTION DIET犬用>k/dを参考にして飼料計算を行い,作製した.
1月29日に処方食を開始して,2月7日には,外見的には症状が消失し,一般状態が安定した.しかし,5月10日,突然左半身マヒ,痙攣等を発症した.対症療法で一旦は回復したが,5月14日,再び一般状態が悪化し,翌日死亡した.
肉眼的病理検査では,主に,肝臓の腫瘤状病巣と尿毒症性変化が認められた.
組織学検査では,慢性間質腎炎による萎縮腎,壊死性肝炎に続く肝線維化,巣状心筋線維化,小脳顆粒層硝子化を含む脳の加齢性変化が認められた.

25.2頭のピューマにみられた慢性腎不全を伴う上皮小体腫瘍による死亡例:○伊藤和美,辻本恒徳(盛岡市動物公園)
盛岡市動物公園で飼育していたピューマ♂1頭♀1頭が,食欲減退・元気消失等の症状を呈し,1998年11月9日と1999年1月20日に相次いで死亡した.これら2頭の解剖検査の結果,主な剖検所見は,腎皮質の菲薄化および嚢胞形成,上皮小体腫大,甲状腺における腫瘤および嚢胞形成,肝臓の白色巣散発,心室拡張および弁膜症,骨の脆弱化であった.さらに組織学的検査を行った結果,慢性腎不全ならびに上皮小体腫瘍と診断された.死亡時の年齢は両個体とも15歳であった.
この2頭の死亡後に来園した♂1頭(1歳)♀2頭(1歳・19歳)についても,比較検討のため麻酔下にて採血・採尿を行い,血液の一般検査と尿のスティック検査,尿沈渣の鏡検および尿中酵素NAGの測定を行った.この結果,老齢の♀1頭では,肝機能の指標となる
y-GTP(177IU/ℓ),GOT(95IU/ℓ)およびGPT(537IU/ℓ)がいずれも高く,また腎機能の指標となるBUN(77mg/㎗)およびCre(3.0mg/㎗)も高値を示した.さらに,尿検査でも潜血(+++)で,沈渣に膀胱あるいは腎上皮細胞と思われる細胞の出現が認められた.これらの結果から,老齢の♀に関しては,今のところ臨床症状は見られていないものの,不顕性の腎および肝臓の機能障害が徐々に進行しているのではないかと思われ,今後の経過を注意深く見て行く必要があると思われる.

26.ミゼットポニーの高脂血症と偽性低Na血症の一症例:○向井康彦(福山市立動物園)
ミゼットポニーにおいて,顕著な高脂血症を認め,これに伴う偽性の低Na血症などを認めた.これに至る病態真因については不詳であったが,極めて珍しい症例であるのでその概要を報告する.
当該馬は,3歳8ヶ月,未経産のミゼットポニーで,体重は71.8kg,当園における飼育は6ヶ月余であった.
稟告は,食欲廃絶,軽度の意識混濁,歩様娘であり,稟告以外の臨床所見は,40.8℃の熱発,呼吸速迫,元気沈衰,削腹を認め,軽度の発育不全を認めた,初診時の血液検査において,中性脂肪896mg/㎗という高値を確認し,血液浸透圧251mOsm/ℓ Na124mEq/ℓ C189mEq/ℓという著しい偽性の低Na血症などを確認した.その他の血液性状における顕著な異常値は,総ビリルビン4.6mg/㎗直接ビリルビン0.8mg/㎗であり間接ビリルビンの上昇を認めた.
脱水の指標である血液浸透圧は,高脂血症,高蛋白血症により見かけ上低下し,また,糖尿病,腎不全などでは細胞内の水が細胞外へ引き出されて低下する.これらを偽性もしくは代償性低Na血症と呼ぶが,本症例では前者に相当する.
病初は,熱発,呼吸速迫などから肺炎,肝膿瘍を疑ったが,治療経過より否定された,真因については不詳のまま輸液,抗生剤,強肝剤を主体とする加療を15日間行った結果,正常に復し,18ヶ月を経過した現在も再発はしていない.
27.ニホンリスの飼育経過について:○高橋秀男,夏坂松久(井の頭自然文化園)
井の頭自然文化園では1985年からニホンリスの飼育をはじめ,2000年10月末現在164頭飼養している.
公園にニホンリスを放飼する目的(リスの森構想)で飼育され始めたが,来園者の通り抜け施設(リスの小径)でのリスとのふれあい体験ができるようになってきている.当初野生保護個体の飼育は難しかったと考えられるが,今のところ繁殖は比較的順調に推移している.
繁殖棟では1996~2000年の66出産例で225子が確認された.分娩したメスの年齢は2歳の例が最も多く,受胎させたオスの年齢は2歳の例が最も多かった.推定された出産月は3月の例が最も多かった.一産あたりで確認された子の数は3子の例が最も多かった.
1998年12月から1999年10月に屋根のない施設に14頭のニホンリスを放飼した結果,巣箱と餌が確保され,ネコ等の侵入とリスの脱出を防ぐことができればケージ内と同様に繁殖し飼育できると考えられた.

28.オオアリクイ,3世代目の繁殖に至るまで:○松下憲行(静岡市立日本平動物園)
野生下におけるオオアリクイはアリやシロアリなどが主食とされているが,飼育下ではこれに代わる代用食を工夫せざるをえない,消化器に負担がかかると下痢などの症状が起こり,繁殖どころか健康の維持さえ難しい.
当園では試行錯誤の末,1頭あたりペット用粉ミルク35g,ヨーグルト100㎖,鶏肉225g,牛レバー40g,ドッグフード70g,鶏卵の黄身(生)1コにお湯200~250㎖を加えて,ミキサーで攪拌しどろどろにしたものを朝夕2回,6~7時間の間をおいて与えている.これにより個体差はあるが,便の状態は大幅に改善された.
1981年に来園したペアの最初の子が1989年に生まれて以来,このペアの間には計7頭の出産がみられ,1999年には3世代目の出産に至った.
日中の彼らの行動を観察していると,絶えず口を動かしていることから,大量の餌を1度に与えるより,数回に分ける方が適していると推測される.下痢が全くなくなったわけではないが,前に与えた餌が完全に消化されてから次の餌を与えることが,消化器にかかる負担を減らしたと考えられる.
これからも代用食の質や給餌方法の改良に努め,健康の維持,継続的な繁殖へとつなげて行きたい.

29.マヌルネコの繁殖経過について:○須崎和夫,野本吏樹,松山國臣(名古屋市東山総合公園事務局)
試みてきた.しかし,当園の個体は第33回動物園技術者研究会にて発
表したように,猫ウイルス性鼻気管炎で死亡し,繁殖させるに至らなかった.
そこで,こうした感染症を予防し,1993年より再び繁殖を試みてきた.
感染症対策として,導入直後より猫ウイルス性鼻気管炎の予防を目的とした猫3種混合ワクチンの投与を実施した.
雌雄個体は個別に飼育していたが,1998年11月24日より,運動場では仕切り網際にいることが多くなり,発情と思われる行動を取り始めた.そこで,1999年1月20日から3月2日までの間に19回,繁殖行動を観察しつつ同居させた.同居は,獣舎運動場にある雌雄間の仕切り網の一部(80cm×138cm)を取り払い,雌雄が相互の運動場を自由に行き来できるようにして行った.
しかし,雌雄ともに飼育担当者に対する警戒心が強く,飼育担当者が直接観察していると雌雄ともに動かなくなり,繁殖行動を十分に観察できない可能性が高かった.そのため,ビデオ撮影により間接的に観察を行った.
その結果,1999年1月27日から28日にかけて6回の交尾行動を確認し,1999年4月7日に2頭の雄を繁殖させることに成功した.妊娠期間は69日であった.

30.ツシマヤマネコの飼育と繁殖について:○高田伸一,永尾英史,廣瀬 豊,川口澄雄,今田亮太,門司慶子,待井淳一(福岡市動物園)
ツシマヤマネコ(Felis bengalensis euptilura)は,長崎県対馬だけに生息(推定70~90頭)し,国の天然記念物及び国内希少野生動植物の絶滅危惧種である.このような状況下で,福岡市動物園では平成8年から11年にかけ,5頭のファウンダ(オス3頭;No.1〔4才〕・3〔年齢不詳〕・5〔年齢不詳〕,メス2頭;No.6〔年齢不詳〕・8〔2才〕)が入園したことから本格的なブリーディング事業をはじめ,平成12年4月18日に子(メス)の繁殖に成功したので,繁殖までの経緯及び任の発育状況をまとめた.
給餌量については,1週間に2日の欠食日(水・土)を設け,給餌日の5日間で週に1日あたり250g(週;1,750g)以下になることを基本におき,週平均で1,550~1,600g,約1,800kcalになるように給餌した.体重は,オスでは3,500~4,900g,3,300~4,600g,3,700~5,100gを推移し,メスでは2,750~4,050g,2,400~3,500gで推移した.オスの体重は,概ね2月から春にかけて減量し夏から秋にかけて増量した.メス(未妊娠)の体重も,ほぼ同様であった.ペアリングは,オス3頭とメス2頭のすべて組み合わせたが,No.3とNo.8との交尾が2月13日と14日に確認され,最終交尾から64日目の4月18日にメスの仔(9)が巣箱の中で誕生した.任は順調に生育し,生後48日目の6月5日に体重は750gであったが,ほぼ1週間で100gずつ増加し,100日齢では1,500gとなり,133日齢には2,000gを超えた.9月18日親と別居させ,現在単独で飼育している.

31.ライオンに見られた膵臓癌の1例:○小野正浩,橋本 渉(仙台市八木山動物公園)
仙台市八木山動物公園で飼育していた雌ライオン(23歳)が数日間の食欲廃絶の後,2000年1月20日の早朝.多量の吐血および鼻出血を伴う瀕死状態に陥った.直ちにケタミン・メデトミジン混合麻酔下で対症療法を開始したが,拮抗薬の投与直後に自発呼吸が停止し死亡した.
死後の病理解剖では肝臓,膵臓,脾臓,副腎の実質における灰白色腫瘤塊の多発と肝門,膵門,肺門,縦隔,内腸骨の各リンパ節において重度の髄様性腫大が認められた.尚,急激な全身状態の低下は,内腸骨領域における腫瘤塊形成に伴って生じた大型血管破裂による腹腔内大量出血であると確定した.
病理組織学的に腫瘤組織は腺癌様細胞により構成され,増殖形態は周囲に膠原線維の発達を伴う泡巣状ないし単層管状を呈していた.これら腫瘍細胞は酵素組織化学的にはケラチン陽性で,一部細胞質内にはマッソントリクローム染色のフクシン色素で赤色顆粒状に染まるチモーゲン顆粒を有していた.以上より本例は外分泌腺細胞由来の膵臓癌と診断した.本症は高齢動物での発生が多いとされているものの発生頻度は低く,特に外分泌腺細胞由来の膵臓癌は症状が乏しく臨床診断は困難を来す.今回,医学領域で用いられている血清腫瘍抗体のCEA,Dupan-Ⅱ,CA19-9検出を試みたが,末期例にもかかわらず得られた結果は臨床診断上有効でなく,本症罹患野生動物の臨床診断については今後の検討課題となった.

32.コアラの下垂体部にみられたリンパ腫について:○笠原美和子1),山本芳郎1),田村美智留1),今田七重1),橋浦進一郎1),宇根有美2),野村靖夫2)(1)横浜市立金沢動物園,2)麻布大学病理学研究室)
1961年に初めてコアラでリンパ系腫瘍が報告されて以来,自然発生例が幾つか報告されてはいるが,頭蓋内原発のリンパ腫についての記載は乏しく,国内での報告例はない.
クィーンズランドコアラNo.6(雌,愛称ユミコ)は1987年7月10日に入園し,その後,3仔をもうけ順調に飼育されていたが,1998年7月頃より若干元気消失となり,翌8月には体重の減少が認められた為,栄養補給を週一回実施し経過観察していた.1999年9月30日,動作緩慢,食欲不振が続く為,治療を開始.翌夕,状態が悪化し,個室収容するが腹臥姿勢,沈鬱状態となった.翌10月2日より,ユーカリを少量ではあるが自力摂取するなど若干の状態改善を認めた.同月5日にECG実施.心筋症の疑いがあるためジキタリゼーション開始.また,ユーカリジュースの強制給餌も実施.以後,小康状態が続いたが,10月10日朝,未明の死亡を確認した.
本症例は麻布大学に病理検査を依頼,下垂体部に球状の腫瘍塊が認められ,組織学的検査により,リンパ腫と判明した.
本症例は14歳と高齢であった為,臨床的異常の多くを老齢性変化に結びつけてしまっていたが,腫瘍が視神経と左視床下部を圧迫していたことなどから,視覚障害に起因する採食不良であった可能性もあり,今後の参考としていきたい.

33.オオセグロカモメのアミロイド症に関する病理学的所見:○西村裕之1),樫田陽子2),植田美弥1),松井桐人1),石川智子1),水谷苗子1),山本裕彦1)(1)横浜市立よこはま動物園,2)東京農工大学農学部)
目的:アミロイド症は飼育下の水禽ではよくみられる疾患であるが,野生の水禽がアミロイド症と診断されることは稀である.今回,傷病鳥として保護され,真菌性疾患を伴ったアミロイド症により死亡したオオセグロカモメの病理所見について報告する.
方法:症例としたオオセグロカモメは雌の若鳥で,保護5ヶ月後に死亡した.病理解剖により肉眼的観察を行った後,内部臓器を摘出し10%リン酸緩衝ホルマリンにて固定,保存し,定法に従って包埋し薄切した.その後,HE染色,PAS染色,コンゴーレッド染色およびグロコット染色を施し鏡検した.
結果:肉眼的には削痩が著しかった.脾は赤橙色で表面が蝋様の光沢を持ち,割面は均一な乾酪状構造を呈していた.肺では,左肺に黄白色結節が存在し胸膜と強く癒着していた.腎は萎縮し表面が顆粒状を呈していた.右脚においては関節の一部が肥厚硬化し,関節面は粗造であったが,尿酸塩結晶の沈着は見られなかった.組織学的には全身性アミロイド沈着が認められ,特に膵において顕著であった.すなわちアミロイドは中心動脈および茨動脈周囲を中心に広範に沈着し,固有の構造は完全に消失していた.その他,心,肺,腎,膵,腸管の小血管壁ならびに腺胃および腸管の粘膜固有層にもアミロイド沈着が認められた.肺では広範な壊死がみられ,同部位には真菌の菌糸が多数認められた.同様の真菌は筋胃ケラチン様層にも認められた.

34.クロツラヘラサギの人工孵化・育雛:○高橋幸裕,杉田平三(東京都多摩動物公園)
クロツラヘラサギ(Black-faced Spoonbill)Platalea minorはアジア東部の水辺に分布する固有種である.東京都多摩動物公園では本種を1989,1991年に朝鮮大学校から雄1,3羽を借り受け,同校と共同で飼育下繁殖における研究を進めてきた.1996年には1ペアが3羽の自然孵化・育雛に成功した.1998年は自然孵化したが衰弱した為,5日令で人工に切り替えて育雛に成功した.
当園はクロツラヘラサギを2つの施設で飼育している.2000年5月はこの施設間における個体交換で,新たに2ペアが形成された.しかし計3ペアとも,育雛段階で死亡する事例が続いてきた.この状況では自然育雛による増殖が困難であると判断し,同年6月より人工孵化・育雛のため採卵を行った.
今回の人工孵化・育雛はこの新たな2ペアの最終産卵から各1卵を採卵した.この2卵は孵卵条件を温度37.2℃,湿度60~65%に設定した立体型孵卵機に入卵した.7月15日,24日に孵化し,孵化日数は26日,初生雛の体重は47.2g,43.2gであった.給餌内容は加熱処理したドジョウ,成長にあわせてワカサギ,アジを与えた.添加物はビタミン剤(トリミックス),消化酵素剤(パンクレアチン)を使用した.消化酵素剤は酵素の活性を高めるため,給餌の2~3時間前に添加して孵卵機ハッチャ内で加温した.なお孵化から15日令までは,水分補給のため生理食塩液を餌に混ぜて与えた.

35.着ぐるみを使用したホオカザリゾルの人工育雛の一例:○伊東友基,小山良雄(埼玉県こども動物自然園)
埼玉県こども動物自然公園では,ホオカザリゾルを人工孵化育雛する機会を得られた,孵化した雛が1羽であることから人への刷り込みを防ぐため,パペットと着ぐるみを使用した人工育雛を実施したので報告する.
使用したパペットは,市販の大型ピンセットを樹脂粘土でコーティングし嘴を作り,発泡スチロール,フリースで頭部を作った,頭部の中手を入れ,嘴が自由に動くものを作製し,育雛箱の横より雛に給餌できるようにした.また,雛が安心して休息できるように,「座っているツル」のパペットも合わせて作製し,育雛箱に入れた.
その後8日齢で,屋外の育雛舎へ移動し,給餌時に育雛舎の中に入る時は,親鳥と色彩を似せた着ぐるみを着用した.しかし,飼育係も認識させたいため,作業時や,雛の測定時には,そのままの姿で入るようにした.
93日齢で,親鳥が飼育しているツル舎に移動したが,以前の人工育雛した個体のように,飼育係に擦り寄って来るような行動は見られなかった.

36.空輸精液によるソデグロヅルの人工繁殖について:○上敷領隆1),末満 修1),中久保哲博1),桜井普子1),小島善則2),細田孝久2)(1)鹿児島市平川動物公園,2)東京都多摩動物公園)
鹿児島市平川動物公園では東京都多摩動物公園との希少種の保護・増殖を目的とした共同研究として,平成8年度より空輸精液によるソデグロヅルの人工繁殖に取り組んできたが,本年6月20日にヒナが誕生したので,その経過について報告する.
多摩動物公園のオス(青:14歳)から採取した精液は,生理食塩水で2~4倍に希釈し1㎖の注射器に分けた後,5℃に調整したクーラーボックスに冷蔵保存した.空輸したこの精液は,翌朝には平川動物公園に到着した.
平川動物公園では,冷蔵状態の精液をそのまま注射器で当園のメス(ユキ:19歳)の輸卵管に計7回注入した.
産卵した3個の卵はすべて採取し,立体式のフ卵器に入れた.フ卵器は温度を37.2℃湿度を60~70%として運転し,1日6回転卵した.さらに,1日2回の放冷時には霧吹きで卵を湿らせた.その結果,1個目の入卵から28日目の6月20日午前11時15分,待望のヒナが誕生した.他の2卵は残念ながら無精卵だった.
人工授精によるソデグロヅルの繁殖は,国内では多摩動物公園においてすでに成功している.しかし,今回のように東京と鹿児島という遠距離間の精液輸送でしかも採精から20時間以上も経過した冷蔵精液による人工繁殖は,国内では初めてである.

37,アジアゾウのマスト経過について:○松浦友貴,三根生康幸,竹箇平昭信,連 有吾,吉野昌良,大政昌夫,毛利 靖(愛媛県立とべ動物園)
愛媛県立とべ動物園では,雌雄2頭(共に27歳)のアジアゾウを飼育している.雄個体において,1988年から現在までの12年間に,43回のマストがほぼ周期的に発現した.側頭腺からの分泌,頻尿(排尿変化,陰茎を包皮から露出しない状態での尿の漏出,滴下,頻尿)のいずれかが観察された時をマストと断定した.年間の平均マスト回数は3.58回,マスト継続期間は平均33.1日で,最長が44日,最短は14日であった.非マスト期は平均78日で,最長が173日,最短が56日であった.また,頻尿からの開始は28回(65.1%),側頭腺分泌からの開始は6回(13.9%),2点同日の開始は9回(20.9%)であった.
季節で比較すると,冬期のマストは短期間であり,夏期のマストは長期間である傾向が見られた.また,非マスト期が長期に及んだ後のマストは短期間であり,短い非マスト期の後ではマストは長期にわたった.非マスト期が長かった1995年(173日間),1997年(137日間)については,頻尿,側頭腺分泌が観察されなかった為,マストはなかったと判断したが,平均的周期から推測されたマストの発現期と同時期に,通常のマスト期に見られる雌への関心の高まりは観察された.マストが発現しなかったのは,暑さによる食性低下で体調を崩したことが原因と思われた.また,大規模な担当替えの後にも長い非マスト期が観察されたことから,心理的な要因もマストの発現に影響を及ぼす可能性があると思われた.

38.ヒト用排卵日検査薬を用いた類人猿の排卵時期推定への応用:○福守 朗,増田裕幸,笠木 靖(高知県立のいち動物公園)
人工授精を実施するにあたり,授精適期,すなわち排卵日を正確に特定することは受胎率を高める上で重要な技術である.類人猿において,これまでヒト用簡易LH測定キットが用いられ成果をあげているが,ある程度の時間や技術を要するものであったので,人工授精直前のLHの動態を把握することは容易ではなかった.そこで短時間(約8分)で結果判定が可能な,ヒト用排卵日検査薬(チェックワン,株式会社アラクス)の応用の可能性について試験を行った.
対象動物は3頭のチンパンジーと1頭のシロテテナガザルである.チンパンジーでは3頭で合計11周期実施し,性周期第16日目から21日目の間(平均18.5±17日)で陽性反応を示した.併せて,従来類人猿に用いられているヒト用簡易LH測定キット(ハイゴナビス,持田製薬)で任意の5周期を測定したところ,両者の結果には相関性が見られ排卵日を推定できる可能性が高いことが判った.ただし陽性反応を示した後陰性に転じ,再び陽性になる例(1例)があり,検討の余地もある.シロテテナガザルでは2周期実施したが,全て陰性であった.LHサージは性周期第7日目と9日目にヒト用簡易LH測定キットで確認されているので,同種へのヒト用排卵日検査薬応用の可能性は低いと考えられる.

39.ライオンにおける人工授精の一例:○小林和弘,希少動物人工繁殖プロジェクトチーム(東京都多摩動物公園)
東京都多摩動物公園では,希少動物人工繁殖プロジェクトチームを発足し,希少種に限らず,人工繁殖技術を必要とする種を対象とし,その技術の確立を目指している.
昨年度,このプロジェクトチームを中心にして行ったライオンにおける人工授精の結果,1仔を出産するに至ったのでここにこの概要を報告する.
対象個体はメス8歳とオス10歳で,この2頭の組合わせでは,自然交配困難であったが,それぞれ別の個体との間に仔を設けている.1999年度は,3回の人工授精を行い,注入した精液はいずれも,事前に電気刺激法を用いて採取,ストロー法により液体窒素中で,凍結保存していたものを用いた.希釈液は卵黄ラクトース液を用い,希釈は精液量に対して等量の一次希釈液を加えた後,これと等量の二次希釈液(グリセリン添加)を加えて行った.
排卵については,ホルモン剤を使用することなく,注入前後にパイプカット個体(6歳)との交尾によって誘発した.実際には飼育担当者の観察により,メス単独の発情行動と,オスのメスに対する反応の両面から発情初日を設定し,雄との同居日,注入日時を決定した.出産は,注入日から109日目,通常当園での妊娠期間110±5日の範囲内であった.

40.動物園における動物由来感染症への対策:○上山富士雄(佐世保市亜熱帯動植物園)
入園者および飼育技術者の安全を確保する点で,動物園における動物由来感染症対策は必要不可欠である.当園では展示動物からの動物由来感染症病原体の早期発見と排除を目的に,スクリーニング検査,ワクチン接種.病理解剖に続く病原体検索について実現できるものから実施しているのでその概要を報告する.
スクリーニング検査は腸管出血性大腸菌O157とサルモネラ菌について,糞便を材料に簡易検査キットを用いて定期的に実施した.ワクチン接種はブタなどには日本脳炎を,アライグマには狂犬病を実施した.死亡した展示動物については病理解剖を行い,食肉衛生検査所にて細菌を中心に病原体の検出を実施した.
スクリーニング検査は陰性で推移したが,疑陽性反応でふれあいを中止する例もあった.近年のふれあい指向で動物との直接接触が多くなっており,不特定多数のヒトと動物の双方向の感染が危惧された.アライグマは輸入検疫の対象であることから,犬用予防液を用いて実施したが効果は不明である.死亡動物からは人へも感染し得る細菌が分離されて,展示動物や飼育環境の汚染が判明し,獣舎の水洗飛沫や園内設備による間接感染も考えられた.また,飼育技術者による園内での汚染拡大も確認され,汚染時の獣舎消毒と踏み込み消毒の徹底に併せて,展示および飼育環境の整備も必要と考えられた,動物園でのバイオハザード対策には,厚生および農林の行政部局や研究機関との連携が不可欠と考えられた.

41.京都市動物園における野生鳥獣救護事業の現状と課題について:○坂本英房,和田晴太郎,岡橋 要,大橋美保,石倉ちか子(京都市動物園)
京都市動物園では平成元年から京都府の委託を受け,敷地内にある野生鳥獣救護センターにおいて,傷病鳥獣の自然復帰を目的に治療と保護飼育を行っている.
京都市内で救護された傷病鳥獣は,救護者自ら保護飼育が出来ない場合に指定獣医師もしくは当園に持ち込まれる.治療後,自然復帰可能と判断された個体は,京都府に引渡し,府の職員が適切な場所(鳥獣保護区等)に放野する.放野不能の個体については,飼育ボランティア(府民)に引き渡す制度がある.
救護件数は,平成6年度以降年間約1000件でほぼ一定している.全体の92~96%が鳥類で,このうちドバト,キジバト,ツバメ,スズメの4種で鳥類の60%を占めている.哺乳類ではホンドタヌキの救護数が多く,特に平成7年度以降増加している.それまでは,年間8~15頭で哺乳類の救護数の20%前後であったが,平成7年度は20頭,平成9年度には30頭,昨年は40頭で50%を占めていた.救護原因としては幼鳥獣の保護と事故が多い.タヌキでは疥癬症が目立っている,年度ごとの放野数は救護数の25~47%で,平均は37%であった.
最大の課題は,放野に向けてのリハビリと放野不能個体の収容を行う施設がないことで,都道府県単位での整備が必要である.ただし,飼育ボランティア制度を活用することにより,放野不能個体の収容先の一部は確保できる.また,この制度の活用は,環境教育にも役立つと考えている.

42.子ども動物園一時閉園に伴う新たな団体指導(プログラム)について:○林まさ代,並木美砂子(千葉市動物公園)
目的 千葉市動物公園の子ども動物園は開園以来15年を経過し,老朽化が激しくまた,利用者のニーズにも変化が現れたので改修することとなり,平成12年4月から平成13年秋まで一時閉園する.このため小動物を用いて行ってきた幼児・児童を対象の団体指導が不可能となった.しかし,この間も利用者の要望が多いため,それに代るべき新しく全園の動物を対象とした教育活動を展開することを試み実施した.
方法 団体希望は5,6月並びに9~11月に集中するので全予約とし,実施前に面談打ち合わせをし,園で用意したプログラムより選択してもらった.前述以外の7,8月については土・日に限り来園者を対象にガイドツァーを行った.結果,一時閉園及び新プログラムの通知したが5,6月の利用者は少なかった.9~11月の相談者には,面談打ち合わせだけではなく電話での打ち合わせも実施したところ多数の予約があり対応におわれていた.
考察 実際の飼育体験を希望する反面実物(角・歯)等を触れることに多くの子供達は満足していた.いろいろな面でこれからの動物飼育に関し,出来る限りの飼育体験の時と場を子供達に提供する必要があると痛感した.

〔ポスター発表〕
43.新設「ペンギン館」の概要について:○丸 一喜(旭川市旭山動物園)
旭川市旭山動物園では,2000年9月10日ペンギン館を新築オープンした.設計の基本をペンギンの能力の展示とし,さまざまな工夫をした.ペンギンは気温条件の厳しい旭川で屋内,屋外の飼育場で通年展示するため,キングペンギン・ジェンツーペンギン・フンボルトペンギンの3種を飼育することとした.
ペンギン館は2階建て構造で擬岩を用い,屋外放飼場・屋外プール・室内放飼場・室内プール・隔離室からなっている.観察スペースは,屋外からの放飼場の観察.チューブ型アクリル水中トンネル(長さ14m・直径2.4m)からの水中観察,水中・水面・室内放飼場を観察できるホールからなっている.屋外プールは最大水深5m水量320㎥でペンギンが水中を自由に泳げるようにし,室内放飼場は冷暖房完備で,ペンギンは屋内,屋外を自由に出入り出来るようになっている.屋外放飼場は,人止め柵と放飼場の間が40cmとペンギンを間近で観察できるようになっている.館内には小規模な4つの海水魚水槽,ペンギン18種類のレプリカなどを展示している.
給餌は放飼場で2回,ダイビング機材を用いての水中給餌が1回の計3回で,いずれも時間を決めて公開している.
来園者の評判はよく,水中での俊敏な行動と陸上での鈍重な行動をうまく展示できたことが成功の要因だと考えている.

44.オジロワシの野生復帰計画:○藤本 智1)2),斉藤慶輔2),阿部周一2),白木彩子2),中川 元2),橋本正雄2),福田 丞2),小野登志和2),森川 久2),鍛治哲郎2),管 雅史2),武智英生2),志村良治2),住吉 尚2),北村健一2),小菅正夫2),藤巻裕蔵2)(1)おびひろ動物園,2)オジロワシ野生復帰研究会)
野生動物の多くが絶滅の危機を心配されている今日,動物園の役割は野生動物を飼育し繁殖させることに止まるべきではない.これからの動物園は,希少動物の野生復帰を含めた積極的な野生動物の保護をその役割の柱に据えるべきであると考える.
(社)日本動物園水族館協会では種保存委員会を組織し,飼育下繁殖を中心とした希少動物の生息地外保護を目指しているが,今回,種保存委員会の猛禽類繁殖検討委員会では,オジロワシの野生復帰を推進すべく,多くの協力者からなるオジロワシ野生復帰研究会を発足させ,野生復帰に関する諸問題について議論を重ねオジロワシ野生復帰計画実施要領を策定した.この要領に基づいて平成10年4月動物園生まれのオジロワシを平成11年8月に同年6月に保護された雛を放鳥させた.
1例目は衰弱のため回収,2例目は感電死という結果に終わったが,野生復帰計画は現在も進行中である.この計画はオジロワシをはじめとする絶滅のおそれのある猛禽類の野生復帰に関する技術的,社会的問題の解決に役立つものである.

45.ニホンザルの多包虫症について:○藤本 智(おびひろ動物園)
平成9年10月4日,ニホンザル(No.65,♂,平成5年6月10日生)が死亡し病理解剖を実施した.その結果,多包虫症が疑われた.10月20日,帯広畜産大学により多包虫症であると診断された.飼育サル類について,北海道立衛生研究所に抗体検査を依頼し,ニホンザル9頭が陽性,3頭が擬陽性と診断された.陽性と診断されたNo.13は平成9年11月28日に死亡した.平成10年1月13日及び3月12日に,抗体検査で陽性・擬陽性と診断されたものについて帯広畜産大学による超音波検査を実施した.検査の結果,9頭にシスト様の陰影が観察された.抗体検査で反応した11頭について隔離し,アルベンダゾール(100mg/日)を経口投与し治療を行った.平成10年11月2,25日,12月2日,平成11年3月6日,4月8日にそれぞれ1頭が死亡し,4頭は多包虫症,1頭は高度の栄養障害と診断された.残る6頭は現在も投薬を続け無症状のまま経過している.
多包虫症は日本では主に北海道で多包条虫(Echinococcus muitilocularis)が引き起こす寄生虫病である.動物園動物におけるこれほどの集団感染は国内では初である.原頭節を形成することから,ニホンザルが中間宿主として適していることが示唆された.多包虫症は症状が現れたときには重症であり,急性の経過をとり死に至る,早期発見は抗体検査に頼らざるを得ない,感染源はサル山に入れた柳が疑われたが,確定はできなかった.

46.レッサーパンダ繁殖活動の糞中性ホルモンを用いたモニタリング:○八木智子1),望月 緑1),有馬崇恭2),茶村真一郎3),坪田麻実子3,金田俊晃4),中嶋公志4),中田 都5),佐藤 恵6),酒井秀嗣6),竹内浩昭7)(1)静岡市立日本平動物園,2)徳山市立動物園,3)広島市安佐動物公園,4)鯖江市西山動物園,5)鯖江市役所,6)日本大学,7静岡大学)
日本のレッサーパンダ飼育数(2000/7/31現在230頭)は中国を除く諸外国の中で最も多く,この希少動物種の保護・増殖に対する日本の役割は極めて重要である.そこで,本種の繁殖メカニズム解明を目指し,糞に含まれる性ホルモンと繁殖活動の関係を調べ,繁殖活動の非侵襲的モニタリング法を確立してきた.今回はこの方法を用いて解析した繁殖ペアの性ホルモン変動について報告する.
複数の繁殖ペアから糞便試料を定期的に採取し,RIAによってテストステロン(T),エストラジオール-17β(E2),プロゲステロン(P)の含量を測定した.
雌雄の性ホルモン変動と繁殖行動のデータを照らし合わせたところ,雄のT濃度と雌のE2濃度が顕著に上昇する1月~3月に匂いづけや追尾などが多く,特に交尾は雄のT濃度が上昇して下降した時に観察されることがわかった.妊娠・出産が確認された雌では,交尾後にP濃度が急上昇し,交尾前の低レベルに戻ってから数週間経って出産に至る(交尾後の20週前後)ことも判明した.この妊娠時のP濃度上昇は,他の哺乳類におけるホルモン変動とも共通である.従って,出産個体の妊娠維持中にみられたP濃度の一時的な低下は,P供給源が黄体から胎盤へ移行することによると類推できる.また,行動観察と外部形態から妊娠が期待された雌でも出産しない例がみられたが,交尾後のP変動データはこの雌が偽妊娠であった可能性を強く示唆する.

47.食滞を起こしたキョンの死亡例と給餌方法の工夫:○門司慶子,今田亮太,片原敏成,菅 義浩(福岡市動物園)
福岡市動物園ではキョンを多頭飼育しているが,そのうちの1頭(平成8年9月6日生,学)が,平成12年7月3日の朝倒れているのを発見し,動物病院に収容した.急性鼓張症を疑い治療を行ったが,同日夕刻に死亡した.
病理解剖の結果,餌のニンジンが未消化のまま第4胃幽門部を栓塞しており,これが原因で前胃,特に第1胃の重度の食滞を引き起こしていたことが判明した.第1胃内は,給餌時の原形を留めたままのリンゴ・ニンジン・サツマイモ及び液状内容物で膨満し,ガスや繊維質の食造は見られなかった.第1胃内容物を鏡検したところ,生きた原虫類は観察されなかった.
食滞の原因として,糖分の多い果物や野菜を過食した結果,その未消化物が幽門部を栓塞したと考えられたので,給餌方法を見直した.これまでは,午前中に野菜・果実類を,夕方にペレット・乾草類を給餌していたが,空腹感の強い朝は過食傾向になるため,朝夕の給餌内容を逆転させた.また,好物のリンゴ,ニンジン,サツマイモは,サイコロ状(長さ2~3cm)に細切して与えていたが,丸ごと飲み込んでしまうため,大きくスライス(厚さ2~5m)して給餌することにより,キョンが咀嚼をしないと嚥下できないようにした.
以後,消化器系のトラブルは発生していない,粗飼料と多糖類のバランスが改善され,胃内ミクロフローラを正常に保っているものと考える.

48.ウマグマの夏期出産例について:田伏興志朗,◯川上博司,本田純也(神戸市立王子動物園)
ウマグマ(Ursus arctos pruinosus)は,中国奥地やチベットに生息するヒグマの一亜種で,別名チベットヒグマとも呼ばれる.当園では,1994年11月30日中国天津動物園から雌雄各一個体を寄贈され飼育を開始した.当初は,雄が性成熟していなかったため分離飼育し,1999年春から昼間の同居飼育を開始したが,雄の交尾行動は認められなかった.原因のひとつは人工哺育された雄の自慰行動によるものと考えられ,同居時間を徐々に長くしたところ,1999年末頃から交尾が観察されるようになった.これまでのヒグマやウマグマの国内出産事例は冬に多かったため,冬期の交尾による受精卵着床はないと考えた.また,長毛のため外形変化からの妊娠判定も困難であったため,2000年夏場に雌に認められたプールでの頻繁な水浴,寝室への入室拒否および長期の拒食を「夏バテ」と誤判断し,冷房強化や嗜好物給餌などの対策を行った.同年9月9日早朝,予想外の出産を認めた,新生仔は2頭であったが,内1頭は死産であった.残る1頭に対する保育行動を認めたので親に託したが,翌朝,昼が衰弱し反応微弱となっているのが発見された.仔を取り上げて人工哺育に切り替えたが,高度の低体温・低血糖状態を呈しており数時間後に死亡した.今後は,ウマグマの妊娠および出産兆候の早期確認に努め,産室の設置などの適切な出産準備を行うことで夏期の出産に対処したい.

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